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概要

東京大学文学部

スラヴ語スラヴ文学研究室専修課程欧米系文化私たちの研究室では、広くスラヴ世界の言語文化の研究に取り組んでいます。スラヴの世界はとても広く、ロシアはもとより、ポーランドやチェコ、ドイツに至るまでのヨーロッパ中部、北はバルト海沿岸から南はバルカン半島と多様な地域を含みます。この地域を対象に、スラヴ研究室では、スラヴ比較言語学や現代のスラヴ語、19世紀ロシア文学、ソビエト期の芸術や文化、あるいはポーランド文学、チェコ文学、バルカン半島の南スラヴ語とその文学など、中世から近代・現代に至るまでの約1000年に及ぶスラヴの語学・文学・文化を研究テーマとして扱っています。ロシアの作家は、ドストエフスキーやトルストイは言うまでもなく、現代の人気作家も日本で翻訳されています。ポーランドの作家スタニスワフ・レムの『惑星ソラリス』はタルコフスキーによって映画化され、ハリウッドでもリメイクされました。チェコ文学では、ロボットの語源となった戯曲を書いたカレル・チャペックは飼い犬の『ダーシェンカ』をモデルにした著作でも有名です。セルビア(旧ユーゴスラヴィア)のミロルド・パヴィチは『ハザール事典』という小説なのに辞書のように項目が羅列されてできている奇妙な作品を発表スラヴ語世界の地図しています。彼に限らず、いろいろな仕掛けを施して読者を驚かせる作家がスラヴには多く、日本では知られていない作品を探す宝探しのような楽しさがあります。また、フランスで著作を続けるミラン・クンデラ(チェコ)など、亡命作家たちを含めるとスラヴの作家たちは世界中で活躍しています。こうした様々なロシア東欧の文ロシア美術の本より化・文学を深く理解するために、授業では、ロシア語はもちろんのこと、ポーランド語、チェコ語、ボスニア語・クロアチア語・セルビア語の入門や講読も開講しています。卒業論文では、文学・語学だけでなく、映画・音楽・バレエなど、幅広いテーマがとりあげられています。留学も、ロシアや東欧諸国などへ、夏休みを利用して語学を勉強する短期のものから、学内の留学助成制度を利用した長期のものまで行われています。スラヴ語スラヴ文学研究室は、テーマの多様性もあって、小さいながら個性あふれた研究室です。教員、大学院生、学部生を問わず、学問上の経験や専門分野の違いを超えた自由な交流を尊ぶ気風は、研究室の良き伝統として受け継がれてきました。私たちのホームページを覗いて、ぜひスラヴ世界への一歩を踏み出してみてください。南欧語南欧文学研究室欧米系文化1979年度に組織としてスタートした本研究室は、1993年度まで「イタリア語イタリア文学専修課程」の名の下に教育・研究活動を行なってきました。1994年度から現在の名称を用いて、すでに20年以上になりますが、その教育・研究活動の中心がイタリア語イタリア文学であることには、いささかの変化もありません。現2004年ペトラルカ生誕700周年にファクシミリ出版さ在の名称について、もう少し説明を加えるならば、(言うれた、『カンツォニエーレVat.』(lat. 3195)の第1葉表。までもなく)「南欧語」が実在して、それによって書かれVat. lat. 3195は、『カンツォニエーレ』の最終稿として、辞書や代表的な文学選集が揃っている8階研究室。研究・ペトラルカの厳密な指導のもとに写字生が制作を開た「南欧文学」が存在するわけではありません。「南欧教育活動の心臓部として、また交流の場として機能している。始したが、途中からはペトラルカ自身が筆写している。語南欧文学」は、イタリア語イタリア文学を主たる研究・教育の対象としつつ、その周囲にも目を配るならば、イタリア語イタリア理想的な研究・教育の目標です。また、イタリアの文学や文化が先進文学の理解もより深まるだろうとの、希望が込められた名称です。性を示すような時代では、それがモデルとなり、外に影響を及ぼします。西ヨーロッパの諸国は陸続きで、互いに大きく多様な影響を与えあしかし、教育・研究の日常は、やはりイタリア語イタリア文学の知識っています。同じロマンス諸語に属するフランス語やスペイン語などとを深めることから始まります。ダンテが生まれた13世紀から今日にいた比べてみることで、イタリア語の特色──他のロマンス諸語との、大きるまでの、多くの作品(オペラや映画の台本なども含む)が「対話」の相な類似の中に見出される微妙な差異──はよりはっきりとすることでし手となります。自分と異なる「他者」の言語に習熟するには、旺盛な好奇ょう。文学の場合も同様で、たとえば、「別離の悲しみ」を扱ったいくつ心と粘り強い根気が不可欠ですが、飛ぶ鳥を考えてください。鳥は空気かの作品を読み比べてみることで、個々の作品の「肌触り」が明確とな抵抗があるからこそ飛べるのです。それと同じで、言語の壁があるからります。こうした比較は、作品のひとつがモデルとして「出発点」にあり、こそ、「他者」理解の努力が成り立ち、そして理解できたことの喜びが生その他の作品がモデルを改変した結果としての「到着点」である場合まれるのです。そして、「他者」を理解することは、跳ね返って、「自己」のに、一層興味深いものとなります。「南欧語南欧文学」という名称は、理解を深めることにつながります。「他者」のものと理解しつつ、「自己」とモデルがイタリア語イタリア文学の外にある場合を視野に含めた、よりの融合が始まるならば、「学ぶ」ことは「生きる」ことに変貌するでしょう。15