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刊行物(美学芸術学研究/JTLA


《美学芸術学研究》

『美学芸術学研究』
2016年
(35号)
橋爪恵子 言語芸術における身体 ――ベルクソン、バシュラール、メルロ=ポンティを通じて―― pp.1-26
楊冰 中国美学における詩の心(境界) : 明治期日本の中国思想研究による影響を中心に pp.27-70
櫻井一成 リクールの悪論 ――情念と幸福の困難 pp.71-101
松原薫 十八世紀前半ドイツの音楽論における旋律と和声 ――マッテゾン『完全なる楽長』、ヴァルター『音楽辞典』におけるSymphoniurgie をてがかりに pp.103-124
渡辺裕 「文学散歩」と都市の記憶 ――本郷・無縁坂をめぐる言説史研究―― pp.125-156
小田部胤久 カント『判断力批判』における〈範例性〉をめぐって ――paradeigma / exemplar をめぐる小史―― pp.157-205
三浦俊彦 芸術の統一理論に向けた「再帰的定義」の可能性 ――C・L・スティーブンソンのモデルから―― pp.207-222
2014年-2015年
(33/34号)
橋爪恵子 ガストン・パシュラールの物質的想像力――イヴ・クライン《空虚(le vide)》展を手がかりに―― pp.1-19
八幡さくら シェリング『芸術の哲学』における具体的側面の考察――ドレスデン絵画館の展示とコレッジョ評価の変遷―― pp.21-48
清水康宏 「新ドイツ派」周辺における《ミサ・ソレムニス》論の展開とその意義 pp.49-74
松原薫 マールプルクの音楽批評におけるドイツ、フーガ、バッハ――フィナッツィとの論争、『フーガ論』を中心に―― pp.75-104
伊東多佳子 自然と人工/芸術のあいだ――デイヴィッド・ナッシュの環境芸術作品をめぐる考察―― pp.105-125
渡辺裕 映画《東京オリンピック》は何を記録したか?――「テレビ的感性」前夜の記録映画―― pp.127-179
小田部胤久 「われわれは一つの思考する/永続的な共通感覚器官である」――ヘルダーの命題をめぐるカッシーラーとメルロ=ポンティ―― pp.181-200
三浦俊彦 物語的理想化の諸相――数学と文学―― pp.201-249
2013年
(32号)
李恵珍 シュスターマンの美学における美的経験の概念 : 現象学的次元の二重性と平凡/特別な美的経験とのつながり pp.1-17
櫻井一成 リクールの精神分析論 : 自己理解の解釈学の展開における因果性と客観性 pp.19-72
柴田康太郎 一九五〇〜六〇年代の日本映画におけるミュジック・コンクレート : 黛敏郎、芥川也寸志、武満徹による音響演出 pp.73-103
小田部胤久 Auffassung/Zusammenfassung/Zusammensetzung/Darstellung : カント『判断力批判』における「構想力」について pp.105-152
F. フォルハルト
桑原俊介訳
ゴットホルト・エフライム・レッシングの『ラオコーン』 : ドイツにおける美学の始まりに寄せて pp.153-169
2012年
(31号)
大愛崇晴 デカルトの音楽論における協和音の「完全性」と快 : 音程に対する数学的規定と感覚的判断の相関性をめぐって pp.1-39
橋爪恵子 触覚を中心としたバシュラール身体論への一視座 : 物質的想像力論を中心に pp.41-67
調文明 A・L・コバーンの写真における都市表現 : 三つのニューヨーク・シリーズを中心に pp.69-98
小田部胤久 「肉の軟らかい人々は思考の点で素質に恵まれている」 : アリストテレスの感性論に寄せて pp.99-125
安西信一 リチャード・ペイン・ナイト『風景』 : 解説と翻訳(2) pp.127-167
H. J. シルヴァーマン
川瀬智之訳
深淵の隠喩化とヴィジョンの考古学 pp.169-199
2011年
(30号)
橋爪恵子 ガストン・バシュラールの詩学の成立 : 時間論、認識論を通して pp.1-22
伊藤亜紗 「関係性の美学」の演劇的性格 pp.23-44
杉山卓史 美と倫理の結合子としての虚構 : メンデルスゾーンの感覚概念をめぐって pp.45-72
櫻井一成 物語と企投としての自己理解 : リクールの「経験の前-物語的構造」概念をめぐって pp.73-112
渡辺裕 日本橋と高速道路 : 都市景観言説にみる美的判断の生成と変容の力学 pp.113-157
小田部胤久 プラトンからの感性論=美学の試み pp.159-183
安西信一 リチャード・ペイン・ナイト『風景』 : 解説と翻訳(1) pp.185-294
西村清和 <美学=感性学>における快と感情 pp.295-322
グンター・ゲバウアー
桑原俊介訳
共感と比喩 : 感情をめぐる言語の問題 pp.323-341
アルネ・ツェルプスト
大熊洋行訳
シェリングの芸術 : 体系的要求と芸術史的作品知識の相互関係について pp.343-368
2010年
(29号)
桑原俊介 解釈における歴史意識 : テンネマンとシュライアマハーによるプラトン解釈をめぐって pp.1-41
森功次 ウォルトンのフィクション論における情動の問題 : Walton, Fiction, Emotion pp.43-83
西村清和 〈内なる自然〉の美学 : 醜をめぐって pp.85-116
小田部胤久 魂とその根底 : ライプニッツからシェリングまでの美学的言説の系譜学の試み pp.117-133
安西信一 コテージ・ガーデン : 内向するイングリッシュネス(2) pp.135-169
ロバート・ステッカー
(調文明訳)
我々はいまなおフィクションのパラドクスに関心を持つべきなのか? pp.171-193
クリストフ・メンケ
(田中均訳)
芸術作品の可能性 pp.195-215
E. オルトラント
(桑原俊介訳)
謎めいた性格・註釈・批評 : アドルノにおける芸術作品と美的反省 pp.217-242
《卒業論文》
後藤遷也
初音ミク現象に予感する、クリエイティビティの新しいあり方 : 超平面化した世界の超克の兆候 pp.243-298
2009年
(28号)
川瀬智之 メルロ=ポンティの美術論 : 奥行きと運動における同時性 pp.1-20
村上龍 ベルクソン哲学における「持続」概念の変化 : カント哲学の批判的受容という動機にてらして pp.21-42
橋爪恵子 バシュラールの科学哲学と科学批判 : 科学哲学と芸術論の関係に向けて pp.43-59
伊藤亜紗 「パフォーマー-観客」関係の実験場としての映像作品 : イヴォンヌ・レイナー《ライン》について pp.61-83
柳沢史明 アフリカ芸術をめぐるアメリカ黒人文化運動の行方 : A・L・ロックによる「発見」の物語の受容 pp.85-117
調文明 自然を見つめる目 : 一九世紀ピクトリアリズム写真論における視覚のあり方 pp.119-140
西村清和 プラスチックの木でなにが悪いのか? : <美的>と<倫理的>をめぐって pp.141-177
小田部胤久 レーヴィットと「二階建て」の日本 : 間文化性をめぐる一つの寄与 pp.179-210
安西信一 コテージ・ガーデン : 内向するイングリッシュネス(1) pp.211-258
アレン・カールソン
(村上龍訳)
現代の環境美学と環境保護論からの要求 pp.259-292
2008年
(27号)
瀬尾文子 1920年代ドイツの「最後の審判」オラトリオと「崇高」概念 pp.1-27
西村清和 香りと味わいの美学 : 風景の美学のために pp.29-55
渡辺裕 寮歌の「戦後史」 : 日本寮歌祭と北大恵迪寮におけるその伝承の文化資源学的考察 pp.57-94
小田部胤久 木村素衛の文化論によせて pp.95-127
《調査報告》
鈴木裕子
鐘楼(カリヨン)、演奏記録装置、自動人形(オートマタ)、自動装置庭園 : 2007年度ヨーロッパ現地調査報告 pp.129-155
《卒業論文》
田島隼人
モダン日本のメロドラマ的想像力と「越境」 : アルゼンチン/タンゴをめぐる言説分析 pp.127-211
2007年
(26号)
太田峰夫 民謡への博物学的な「まなざし」 : フォノグラフの導入がハンガリーの民族誌研究の中で果たした役割について pp.1-31
川瀬智之 メルロ=ポンティの絵画論 : 「志向的形象の魔術」としての視覚と「タブローの持つ力」 pp.32-55
村上龍 ベルクソンによるプロティノス哲学の受容 : 一なるものと多なるものの関係をめぐって pp.56-77
桑原俊介 シュライアーマッハー解釈学に対する<ロマン主義的評価>の論理と論点 : ディルタイとガダマーによる議論に即して pp.78-102
柳沢史明 「アール・ネーグル」をめぐる言説におけるA・ゴビノーの人種主義的芸術論 : エリー・フォールのテクストを中心に pp.103-133
西村清和 自然の美的鑑賞 pp.134-158
渡辺裕 戦後体制と「国民文化」 : 宝塚歌劇の「日本民族舞踊シリーズ」とその周辺 pp.159-202
小田部胤久 著作権思想から見た「民芸」運動 : 柳宋悦の著作を中心に pp.203-223
權貞壬 「ヘーゲルの象徴論とそのアクチュアルな意義」 pp.224-246
2006年
(25号)
太田峰夫 イデオロギーとしての「農民音楽」――バルトークの民謡研究と文化ナショナリズムについて―― pp.1-34
玉村恭 天・地・人をつなぐもの――世阿弥「一調・二機・三声」をめぐって―― pp.35-60
堀朋平 シューベルトのロマン主義的歌曲における〈一にして全〉なる和音――フリードリヒ・シュレーゲル歌曲群《夕映え》をめぐって―― pp.61-104
西村清和 小説の映画化――描写の物語―― pp.105-134
渡辺裕 「民謡の旅」の誕生――松川二郎にみる昭和初期の「民謡」表象―― pp.135-178
小田部胤久 鼓常良と「無框性」の美学――間文化的美学のために―― pp.179-201
藤田一美 詩論の系譜(一)――プラトンとアリストテレスにおける虚構、美、型、模倣、共感の問題―― pp.202-293
ゲルノート・ベーメ
(桑原俊介訳)
図像の現実性とその使用 pp.294-315
『美学藝術学研究』
2005年
(24号)
西村清和 詩と絵画のパラゴーネ pp.1-33
渡辺裕 レコード・メディアと「語り」の近代 ――「映画説明」レコードとその周辺―― pp.34-65
小田部胤久 ノヴァーリスにおける「断章」の精神についての一つの断章 pp.66-81
玉村恭 金春禅竹の音曲論 pp.82-103
《卒業論文》
下田理
「伝統音楽」から「ポピュラー音楽」へ ――アイルランド「伝統音楽」の「復興」初期における音楽家の概念形成と実践 pp.104-176
2004年
(23号)
西村清和 物語る絵のナラトロジー pp.1-28
小田部胤久 「絶望的イロニー」とロマン主義的芸術観 : E・T・A・ホフマン「G市のイエズス会教会」に寄せて pp.29-55
田中均 「共和制は必然的に民主的である」? : 共和制をめぐるカントとFr・シュレーゲル pp.56-72
藤田一美 啓蒙思想における「為国家之用」の論理 : 西周の啓蒙哲学における美学思想(2) pp.73-163
2003年
(22号)
藤田一美 啓蒙思想における「為国家之用」の論理 : 西周の啓蒙哲学における美学思想(1) pp.1-49
小田部胤久 芸術について歴史的に語ること : ドイツ・ロマン主義をめぐって pp.50-89
武藤大祐 クローチェの芸術ジャンル否定論再考 : 「純粋可視性」の理論をめぐって pp.90-106
辛那Q 柳宗悦における「社会主義」の意味とその源泉 : 「民芸協団」の試みと「結合する人間性」の実現 pp.107-140
大愛崇晴 ザルリーノの音楽論における幾何学の位置 pp.141-161
《卒業論文》
安中はるか
歌舞伎における虚と実 pp.162-198
《卒業論文》
嶋村那生
床の間 : 日本家屋における〈おく〉をめぐって pp.199-246
《卒業論文》
秦野真衣
私的な視線によるエロティシズム : 荒木経惟の作品を中心とした写真に関する考察 pp.247-302
《卒業論文》
濱口竜介
ジョン・カサヴェテスの時間と空間 pp.303-340
2002年
(21号)
藤田一美 カロカガティア系譜考 : その予備的考察(2) pp.1-80
小田部胤久 ゴシックと表現主義の邂逅 : ヴォリンガーによる「ヨーロッパ中心主義的」芸術史の批判とその行方 pp.81-114
荻野哉 ボードレールのレアリスム観再考 : 美術批評をめぐって pp.115-137
太田峰夫 「他者」としての農民達 : バルトークの農民観と作曲家のアイデンティティをめぐる一考察 pp.138-165
木村覚 趣味判断の規則 : カントの趣味論における判断力の論理 pp.166-183
田中均 シラーの「情感的sentimentalisch」概念のFr.シュレーゲルによる受容 : 「関心を惹く文学die interessante Poesie」はいかにして「ロマン的文学die romantische poesie」になったか pp.184-217
Z. ラドマン
(喜屋武盛也訳)
科学の美学にむけて pp.218-237
A. エリャヴェチ
(輪島裕介訳)
グローバライゼーションの諸過程 : 美学の場合 pp.238-250
飯沼篤史 日本和声理論にみる「日本的なもの」 : 戦中期における楽壇人の音楽観 pp.251-309
2001年
(20号)
佐々木健一 ディドロの生涯と思想 : 『絵画論』研究のための序説 pp.1-39
藤田一美 カロカガティア系譜考 : その予備的考察(1) pp.41-121
小田部胤久 人間的芸術の行方 : 20世紀前半における芸術終焉論の一変奏 pp.123-154
吉田寛 E・T・A・ホフマンの音楽美学にみる歴史哲学的思考 : 器楽の美学はいかにして進歩的歴史観と結びついてのか pp.155-191
輪島裕介 音楽のグローバライゼーションと「ローカル」なエージェンシー : 「ワールド・ミュージック」研究の動向と展望 pp.193-225
高島まどか 寺山修司の短歌 : 短歌における<私>論の形成 pp.227-252
2000年
(19号)
佐々木健一 書き手としてのディドロ : 『絵画論』研究のために pp.1-40
藤田一美 ミーメーシスとしてのポイエーシスの哲学における<エイコーン>(2) pp.41-112
小田部胤久 「詩の戯れ」と「秘儀の厳粛さ」 : シェリング『サモトラケの神々について』の読解の試み pp.113-129
東口豊 Th. W. アドルノにおける藝術作品の自然性 pp.131-151
1998/
1999年
(17/
18号)
佐々木健一 ディドロのテクスト : 『絵画論』研究のために pp.1-32
藤田一美
上石学
川口左近
レートリケーとディアレクティケー(2) : プラトン『パイドロス』273c9-274a7註解 pp.1-112
小田部胤久 「美的なもの」と「学問的なもの」あるいは「公教的なもの」と「秘教的なもの」 : 「美的哲学」の成立と解体 pp.33-57
松田聡 モーツァルトのピアノ協奏曲の第一楽章におけるカデンツァ : K・四八八における楽曲構造との関わり pp.59-88
馬場朗 音楽表現と「自然」としての感受性 : ルソーにおける音楽模倣論 pp.89-112
長光康次 小津安二郎論 : 小津の提示する「日本的なもの」とその普遍性について pp.113-145
1997年
(16号)
佐々木健一 ディドロ『絵画論』 : 訳と註解(その15・完) pp.1-40
藤田一美
上石学
川口左近
レートリケーとディアレクティケー(1) : プラトン『パイドロス』273c9-274a7註解 pp.1-96
渡辺裕 ベートーヴェンのテンポ記号の受容をめぐって : 演奏史研究のための一試論 pp.41-80
小田部胤久 自然的なものと人為的なものの交わるところ : 芸術作品の概念史への試み pp.81-122
中嶋慶太 道元における〈画餠〉の問題 : 〈不充飢〉と〈充飢〉 pp.123-147
葉朗 朱光潜と李沢厚の美学論争 pp.149-157
1996年
(15号)
佐々木健一 ディドロ『絵画論』 : 訳と註解(その14) pp.1-24
藤田一美 ミーメーシスとしてのポイエーシスにおける<エイコーン>(1) : アリストテレス『詩学』における<τάç είκόναç τάç μάλιστα ήκριβωμένα ç χαίρομεν θεωρούντεç>の存在論的解釈 pp.25-80
渡辺裕 ベートーヴェンのメトロノーム記号が語るもの : テンポの「近代化」の中の作曲家 pp.81-106
小田部胤久 ルソーとスミス : 芸術の自然模倣説から形式主義的芸術観はいかにして生まれたのか pp.107-132
松田聡 モーツァルトの未完のオペラ・ブッファ『だまされた花嫁』における序曲 : オペラ本体との関係付けについて pp.133-154
W. ヴェルシュ
(松田聡訳)
人工の楽園? : 電子メディアの世界、及びその他の世界の考察 pp.155-186
津上英輔
藤田一美
Si vero musica/mathematica : グロケイオ『音楽論』におけるアリストテレース主義 pp.188-202
1995年
(14号)
佐々木健一 ディドロ『絵画論』 : 訳と註解(その13) pp.1-34
藤田一美 存在論としての価値論(3) pp.35-100
伊藤るみ子 H・リーマンの音楽美学に於けるFormと主観的体験の関係について : エネルギー論の萌芽として pp.101-125
張喚民 カッシーラー哲学の始点としての「概念説」 pp.127-140
ジョージ・ディッキー
(木村建哉訳)
芸術 : 機能か手続きか、自然か文化か? pp.141-164
本田創 手塚治虫の漫画表現 : 初期作品におけるその革新性の検討 pp.165-195
『美学藝術学研究室紀要 研究』
1994年
(13号)
佐々木健一 ディドロ『絵画論』 : 訳と註解(その12) pp.1-30
藤田一美 存在論としての価値論(2) pp.31-84
伊藤るみ子 演奏に関する一考察 ――キーヴィの音楽美学に於ける演奏論を中心として―― pp.85-109
加藤好光 プラトンおよびプロティノスにおける《elioeides》概念についての覚書 ――ゲーテのプロティノス受用との関連から―― pp.110-124
沖野成紀 L・B・マイヤーにおける音楽の反復聴取の問題 ――音楽の意義あるいは享受の減少をもたらす熟知について―― pp.125-146
1993年
(12号)
佐々木健一 ディドロ『絵画論』 : 訳と註解(その11) pp.1-34
藤田一美 象徴主義〉における心理的現実と典型 ――十字架上の人対ディオニュソス―― pp.35-74
加藤好光 「ミメシス」の四つの意味契機 ――『国家』におけるプラトンの詩人批判に寄せて―― pp.75-105
ボーダン・ヂェミドック
(沖野成紀訳)
ヴワディスワフ・タタルキェヴィチ(一八八六-一九八〇)とその美学 pp.106-120
東口豊 自然と音楽の類似性 ――アドルノの音楽論に関する一考察―― pp.121-137
1992年
(11号)
藤田一美 浮遊する記号と象徴の時代 ――基体なき内在者(一)―― pp.1-40
瀧一郎 作品と英雄 ――ベルクソンにおける美学と倫理学との接点―― pp.41-74
外山紀久子 自律と疎外の構造 ――モダニズム芸術論の再編成へ向けて―― pp.75-104
竹内晶子 エズラ・パウンドにおける「能」の受容についての一考察 pp.105-146
1991年
(10号)
佐々木健一 ディドロ『絵画論』 : 訳と註解(その10) pp.1-44
藤田一美 実存の藝術としての〈Tragische Philosophie〉 ――ニーチェとアリストテレス―― pp.45-113
小穴晶子 音楽美学の用語としての性格(caractere)概念の確立をめぐって ――十八世紀フランスの音楽思想を中心に―― pp.114-128
大石昌史 ガダマーにおける「遊戯」概念 ――「出来事」としての作品ならびに解釈について―― pp.129-163
瀧一郎 努力の機構(メカニスム) ――ベルクソンにおける「運動図式」と「力動的図式」―― pp.163-185
成瀬克次 バルトにおける文学の自己反射性 pp.186-205
1990年
(9号)
佐々木健一 ディドロ『絵画論』 : 訳と註解(その9) pp.1-31
藤田一美 真理感覚とエートス 二 ――呼応と共感のプシュコロギアー pp.32-71
小穴晶子 十八世紀フランスの美学思想における性格(caractere)概念の役割 ――音楽論と建築論との比較を手がかりとして―― pp.72-89
安西信一 不透明な絵画と錯綜体としての世界 ――ピクチャレスクの美学に於ける「スケッチ風描法」と「ピクチャレスクな対象」をめぐって pp.90-111
筒井佐和子 「道」としての連歌 ――心敬の連歌論―― pp.112-131
1989年
(8号)
佐々木健一 ディドロ『絵画論』 : 訳と註解(その8) pp.1-23
藤田一美 真理感覚とエートス ――あるいは予感と方法の問題(一) pp.24-56
一色裕 パイドロス篇の主題的統一性について ――思慮の徳と魂の美の問題を中心に―― pp.57-75
伊藤るみ子 ツッカーカンドルの音楽美学 ――象徴としての力の概念について―― pp.76-105
大石昌史 イーザーにおける「相互‐作用美学」 ――テクストと読者の「相互作用」の根拠としての「空所」と「否定」―― pp.106-130
筒井佐和子 上嶋鬼貫の俳論における「まこと」 ――『独言』を中心に―― pp.131-151
1988年
(7号)
佐々木健一 ディドロ『絵画論』 : 訳と註解(その7) pp.1-28
藤田一美 パトスとロゴスの間 ――ニーチェとフィロロギーとフェノメナリスムス―― pp.29-70
村山康男 藝術写真の時代(一八九四-一九一四)におけるフランスの写真美学 pp.71-90
一色裕 ソークラテースにおける内的予言の構造について ――『パイドロス』242b8-d2を手掛かりにして―― pp.91-104
伊藤るみ子 H・リーマンの音楽美学 ――その主観性の観点について―― pp.105-129
大石昌史 ニーチェにおける「遊戯」の哲学 ――「創造」概念との連関において―― pp.130-161
1987年
(6号)
佐々木健一 ディドロ『絵画論』 : 訳と註解(その6) pp.1-33
藤田一美 ポイエーシスにおける〈katholou〉と〈Wahrheit〉 pp.35-68
村山康男 E・ドラクロワの写真観 pp.69-88
樋笠勝士 アウグスティヌスにおける言葉の効用(utilitas verborum)の問題 ――De Magistro, XI,36-XIV,46―― pp.89-112
津上英輔 ジローラモ・メイ De modis ――その古文書学的研究―― pp.113-144
1986年
(5号)
佐々木健一 ディドロ『絵画論』 : 訳と註解(その5) pp.1-24
藤田一美 形而上学的思索と矛盾律 ――ヘラクレイトスとプラトン―― pp.25-52
一色裕 プラトーン『パイドロス』242b8-d2に対する註解 pp.53-61
笹川隆司 ジゼル・ブルレの音楽美学における「身振り(geste)」の概念について pp.62-80
小田部胤久 作品の自律と人間の自律 ――モーリッツ美学研究 pp.81-107
1985年
(4号)
佐々木健一 ディドロ『絵画論』 : 訳と註解(その4) pp.1-25
藤田一美 内在の形而上学における〈語ること〉と〈聞くこと〉 pp.26-49
長野順子 美的判断の無関心性 ――(1) pp.50-84
津上英輔 プラトーン『パイドロス』243D6 ek ton omoion について pp.85-90
樋笠勝士 アウグスティヌスにおける判断の構造 pp.91-123
尼ヶ崎紀久子 M・サーリッジ及びA・アーミラゴスとJ・マーゴリスの舞踊表現論 pp.124-153
小田部胤久 思弁の原理と体系 ――イェーナ前期のヘーゲル pp.154-181
1984年
(3号)
佐々木健一 ディドロ『絵画論』 : 訳と註解(その3) pp.1-56
藤田一美 存在共同体における世界存在あるいはものとしての藝術 pp.57-94
渡辺裕 芸術による世界認識 ――ネルソン・グッドマンの「表現(expression)」の理論をめぐって―― pp.95-120
津上英輔 アリステイデース・コインティリアノスの音楽論 pp.121-144
青木孝夫 『平家物語』に於ける〈あっぱれ〉について ――一つの解明の試み―― pp.145-177
小田部胤久 言語と現実 ――ヘルダーの言語論の認識論的基礎 pp.178-229
1983年
(2号)
佐々木健一 ディドロ『絵画論』 : 訳と註解(その2) pp.1-36
藤田一美 〈modus inveniendi と modus proferendi〉研究序説 ――プラトンとキケロ―― pp.37-82
渡辺裕 音楽における意図と意味 pp.83-112
佐々木健一 音楽における表意 ――渡辺裕氏の批判を駁す―― pp.113-126
長野順子 目的なき合目的性 ――有機体と美 pp.127-155
小穴晶子 コンディヤックにおける文体の美とキャラクテール pp.156-173
青山昌文 シャルダンの芸術技法とその理論的解釈 ――ディドロのシャルダン論―― pp.174-186
相澤照明 I・A・リチャーズにおける美的経験について pp.187-203
閔周植 蘇軾の畫論に於ける文人藝術の精神 pp.204-222
津上英輔 プトレマイオス、『ハルモニア論』P.108, 19-20(Duering)について ――本文修正の試み―― pp.223-236
青木孝夫 『徒然草』に於ける中世的美意識の一断面について ――第百三十七段のテクスト読解に即して―― pp.237-265
論文紹介:相澤照明 N・N・ホランド「統一 同一性 テクスト 自我」 pp.266-269
論文紹介:津上英輔 E・ラスロ「生演奏の美学」 pp.270-278
『研究』
1982年
(1号)
今道友信 瞬間について pp.1-9
松尾大 アリストテレースの『詩学』に於ける mimesis と ethos pp.10-31
橋本典子 幻想的カテゴリーについて pp.32-50
尼ヶ崎彬 日本のバロック pp.51-68
浜下昌宏 ハチソン『笑い』につい pp.69-83
小穴晶子 ルソーの音楽模倣論の意味について pp.84-94
青山昌文 ディドロ美学に於ける古典主義性とロマン主義性 pp.95-108
閔周植 ディキーにおける芸術の定義の問題 pp.109-122
一色裕 アウグスティーヌスの時間論研究 pp.123-164
書評:橋本典子 Vladimir Jankelevitch, La vie et la mort dans la musique de Debussy pp.165-186
論文紹介:眞鍋將 フィリップ・マンゲ「藝術における独一性と増殖性」 pp.187-202
論文紹介:長野順子 semanalyse における texte 概念 pp.203-208
新刊紹介:渡辺裕 ライナー・カーデンバッハ『音楽芸術作品 ―― 一つの非独断的音楽理論の基礎諸概念』 pp.209-211