文学部とは、人が人について考える場所です。
ここでは、さまざまな人がさまざまな問題に取り組んでいます。
その多様性あふれる世界を、「文学部のひと」として、随時ご紹介します。
編集部が投げかけた質問はきわめてシンプル、
ひとつは「今、あなたは何に夢中ですか?」、
そして、もうひとつは「それを、学生にどのように伝えていますか?」。

渡辺 裕教授(文化資源学研究室)

第1の答え

困りましたね。たぶん移り気なのだろうと思いますが、WEBサイトに出る頃には、今とは別のものになっているかもしれません(笑)。私の専門は音楽研究で、もともとはクラシック音楽に「夢中」だったのですが、その後、何をどう間違ったか、ここ何年かの間に「夢中」になったのは、旧制高校の寮歌、バナナの叩き売りの口上、チンドン屋、駅の発車メロディといったもので、もはや「音楽」なのかどうかも定かではない。でもこれらの対象、一見バラバラのようですが、明らかに共通の関心があります。それは、ある何かが、時には「音楽」として、「芸術」として、また、時には別の何かとして立ち上がってくる、そういう状況全体を、その背後にある文化的・社会的コンテクストごとつかまえようとしているということです。ですから最近は、専門分野を問われると、「音楽学」と言わず、「聴覚文化論」、「音楽社会史」などと答えることにしています。

 

第2の答え

上で挙げたようなネタを授業で取り上げることも多いので、しばしば「ヘンなもの」好きの人間と誤解されているようです(笑)。しかし少なくとも、ある文化的コンテクストの中では一定の価値をもつものとして機能している(あるいはしていた)のですから、それらを自らの偏狭な価値観で「ヘン」などと切り捨てるべきではなく、むしろ、それらが「ヘン」でなく機能することを成り立たせている価値観はどのようなものであるか(あるいはあったか)を問うべきなのです。それは既知の文化の中では思いもつかないものかもしれませんが、一方で可能な限りの想像力を働かせつつ、他方でそれを裏付ける傍証資料を、これでもかというほど集め、「異文化」として再構成することによって、これまで「ヘン」にみえていたものが「ヘン」でない形で生き生きと動きはじめる瞬間こそ、研究の醍醐味です。私ができることといえば、学生の皆さんが自分の偏狭な固定観念を捨て、自由に想像力を働かせられる環境を用意することくらいでしょう。余談ですが、崇高論の中で山岳体験のことをリアルに語っているカントが、実際に登った山はせいぜい200メートルくらいだったとか。恐るべき想像力・・・。上には上があるものです(笑)。

 

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