イスラーム地域研究(IAS) 6班 イスラーム関係史料の収集と研究
アラビア語写本史料研究会
 
 
シュテファン・レーダー氏 招聘関連行事 報告

イスラーム地域研究第6班 アラビア語写本史料研究会では、2001年10月から11月にかけて、マルティン・ルター大学のシュテファン・レーダー教授をお迎えして、講演会と史料講読会を実施しました。以下に、その概要を報告します。なお、行事実施に当たってご協力いただいた方々、とりわけ会場を提供していただいた東洋文庫と京都大学文学部羽田記念館にお礼申し上げます。また、一連の講演・講読会を系統立てて入念に準備して下さったレーダー教授にも重ねて謝意を表します。


シュテファン・レーダー氏の紹介

Stefan Christoph Harald Leder


現 職
Professor of Arabic and Islamic Studies, Martin Luther Univ. (Halle-Wittenberg)

略 歴
1951年 生まれ。
1982年 Johann Wolfgang Goethe Univ. (Frankfurt am Main) にて博士号 (Oriental Philology) を取得。
1989年 同大学にてHabilitation (Oriental Studies) を取得。
同大学助教授等を経て、1994年より現職。

研究分野
前近代アラビア語散文文学の歴史、文語表現および言説。
・アラビア語歴史文献における語りの形式と歴史概念。
・前近代アラブ文化における知識の伝達。
スンナ派、過激スンナ派の政治思想。

主要編著作
Ibn al-Gauzi und seine Kompilation wider die Leidenschaft - Der Traditionalist in gelehrter Uberlieferung und originarer Lehre. Wiesbaden, 1984.

Die arabische Ecloga - Das vierte Buch der Kanones der Konige nach Makarios. Frankfurt, 1985.

Das Korpus al-Haitam ibn `Adi (st.207/822) - Herkunft, Uberlieferung, Gestalt fruher ahbar-Texte (Habilitationsschrift Frankfurt 1988.)  Frankfurt, 1991.

Mu`gam al-sama`at al-dimasqiya al-muntahaba min sanati 550 ila 750 - Les certificats d'audition a Damas, 550 - 750 h./  1155 a 1349. Damascus, 1996.

Wata'iq al-sama`at li-Mu`gam al-sama`at al-dimasqiya al-muntahaba min sanati 550 ila 750 - Les tables de certificats d'audition a Damas, 550 a 750 h./  1155 a 1349. Damascus, 2001.

(Ed.): Story-telling in the framework of non-fictional classical Arabic literature. 2. Johann-Wilhelm-Fuck Kolloquium Halle 1997. Wiesbaden, 1998.

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関連行事の報告


1.第1回講演会(東京)

実施日時:2001年10月24日(水) 15時30分〜17時
実施場所:東洋文庫 3階講演室
題  目:Spoken Word and Written Text: Modes of Transmission of Knowledge in Pre-modern Islamic Culture.
<概 要>
 本報告は、氏の専門であるイジャーザ研究をより広い文脈で捉え直すことを目的としていた。イスラームは啓典の宗教であり、クルアーンを見てもその当初から、語られた言葉を書かれたテキストとして記録するということが根幹にあった。そして、ハディースもまた、語られた言葉をテキストとして記録する行為に他ならなかった。預言者の言行は幾人もの伝達者を経て口承で伝達され、やがてテキスト化された。テキスト化されたハディースもさらに口承で伝達され、それがさらにテキスト化された。口述試験の場合、その場には自分たちのためにノートを取る学者と職業的な写本作製者が参加していた。一般の講義の場合も、特にイスラーム初期の場合しばしば書物がそれからできることがあった。その場合、書物は著者に書かれるものではなく、弟子によって編纂されるものであった。
 シャイフの前でテキストを読み上げること(qira'atan `alayhi)は知識の正確な伝達のために最も勧められた方法であった。これは、「オーディションの証明書」ともいうべきもので、あり高度に様式化され、通常、聴講会を主催するシャイフの名前、テキストを読み上げる人物の名前、他の参加者の名前、証明書を書いた人物の名前、聴講会の行われた場所と日付などが記された。現存する写本に含まれた大量の証明書を分析することにより、当時の知識の伝達の諸相が明らかとなる。たとえば、シャイフは聴講会にテキストや自分の集めたハディースを持ってくることができ、読み上げを聞いた後に、その正確さを確証した。聴講会は、シャイフと読み上げ者の2人で行うこともできたが、しばしば多くの一般の人々が参加した。
 報告後の討論では、マドラサ教育との関係や、レーダー氏の取り上げた事例の普遍性について、議論がなされた。とりわけ、報告で示された知識の伝達のあり方が、マドラサ教育と根本的に相容れないものであり、マドラサの制度が確立していくにつれ、消滅していくという氏の主張は興味深かった。
(報告者:近藤信彰)
 

2.第2回講演会(京都)

実施日時:2001年10月27日(土) 15時〜17時
実施場所:京都大学文学部 羽田記念館 講演室
題  目:The Social significance of the institution of riwaya.
<概 要>
 まず、前近代においてイスラーム諸学の成果を伝承する際に重視されたリワーヤと呼ばれる形式について、その起源とされるアラビア語詩の口承の伝統から説きおこされた。クルアーンとハディースにおいてもテキストは口述形式をとり、記録のために書かれることはあっても、基本的にテキストは口承によって伝えられていくものとされた。比較的早い時期にテキストが確定されたクルアーンに対して、厳密な意味ではテキストが確定されなかったハディースでは、そのテキストの真正さを保証するために、伝承に際して一定の手続きを踏まえることが重視された。その伝承方式がリワーヤである。続いて、リワーヤの手続きを示す史料である聴講記録(sama`)を提示しながら、その仕組みが説明された。そして最後に、12-14世紀ダマスクスにおける聴講記録の分析から、リワーヤが実践された場の一つである聴講会は、マドラサよりもモスクや私邸、庭園で催される傾向が強いことや、有力ウラマー家系の結束を固めるような場としても機能したと考えられる会もあり、その社会的な機能の重要性が指摘された。
 講演後の質疑応答の時間では、3点の質問・コメントがあった。1.聴講会で読まれるテキストの選択に何か特定の傾向が見られるかという質問に対して、数は多くないが出席者や場所柄、機会を踏まえたうえで特定のハディースが選択されている例が見られるという回答があった。2.説教(wa`z)と聴講会との社会的役割の類似点を指摘するコメントに対して、ダマスクスのウマイヤ・モスクでの説教の例を引きながら、双方とも宗教的な目的に加えて「パフォーマンス」的な要素を含む多目的な例が見られる点で共通しているという返答がなされた。3.リワーヤの実践例として示された聴講会の地理的分布を尋ねる質問に対しては、ダマスクス以外にカイラワーン、アレクサンドリア、イスファハーンなどの都市における聴講会の記録が残っているところから、かなり広い範囲で同じような聴講会が催されていたのではないかという回答がなされた。
  本講演は、リワーヤという知識の伝達形式の仕組みが具体的に提示されただけでなく、その社会的な機能や意味の考察に及ぶ興味深い内容を含むものであった。参加者は10名あまりと決して多くはなかったが、大変有意義な会であった。また、本講演の内容はその翌週に実施された史料講読会と密接に関連しており、双方に出席すると一層理解が深まる仕組みになっていたことも申し添えておく。
(報告者:谷口淳一)
 

3.アラビア語写本講読会

実施日時:2001年10月29日(月)、31日(水)、11月1日(木) 各回とも14時〜17時
実施場所:京都大学文学部羽田記念館講演室
題  目:12-14世紀ダマスクスにおける聴講記録の読解と分析
<概 要>
 計3回にわたるセミナーでは、イスラーム諸学(主にハディース学)の写本を取り上げて、ウラマーの学術活動の実態をうかがう一次史料(first-hand documentation)として利用できることが示された。第1回 How to work with documents では、校訂テクストを補助に用いて、写本中の表紙や文末等の余白に記録された聴講記録(certificates of audition: sama`)を実際に読解し、主宰ウラマー(shaykh al-musmi`)の下、読誦者(記録者(katib)を兼任する場合が多い)の読誦(qira'a)を聴講する参加者(mustami`un)という、リワーヤと呼ばれる知識伝達の基本的形式の理解がねらいとされた。第2回 Analytical approaches、第3回 Textual history through documentation of oral transmission では、引き続き未校訂の写本を利用して、聴講記録を歴史研究として応用する事例が検討された。マムルーク期ダマスクスのサーリヒーヤ地区で優勢を占めた、ハンバリー派ウラマー名家の支族マクディスィー家の学術・教育活動に注目し、人名辞典等の他の史料からはうかがいしれない学術活動の実態、一族による教育機会の優先的利用など、ウラマーやマドラサ研究といった歴史研究において、聴講記録の利用の有効性が示された。各回において、写本読解上の基礎的問題や、イジャーザや聴講記録の研究上の定義等、専門的問題に関する質問が取り交わされた。各回とも8〜9名の参加者を得た。
(報告者:阿久津正幸[慶應大学大学院生])


担当:谷口淳一
2002年1月11日作成
E-mail: taniguti@kyoto-wu.ac.jp


最終更新日:2002.1.15 管理者:谷口淳一

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