インド・ポンネリ地域におけるGIS分析過程




 岡部 篤行 東京大学工学系研究科 教授
 水島 司 東京大学人文社会系研究科 教授
 柴崎 亮介 東京大学空間情報科学研究センター 教授
 貞広 幸雄 東京大学空間情報科学研究センター 助教授


研究の目的

 本研究の目的としては,大きく以下の2点を挙げることができる.

I. ムスリム・ヒンドゥー混在地域における空間分析
  1. 地域コミュニティーの分布
  2. 地域統合の諸要素
  3. 宗教施設の空間配置
II. イスラーム地域研究におけるGIS適用の可能性を検討すること
  1. 空間データの取得
  2. データ誤差
  3. 曖昧さを含むデータ
  4. 時空間解析手法の開発

GISによる分析のプロセス

 GISによる分析過程は,
  1. 空間(位置)データの作成,非空間データの作成,両者の結合
  2. 空間データの表示,重ね合わせ,研究仮説の探索
  3. 空間操作,空間解析
  4. 解析結果の可視化
の4つの段階から成る.これらの段階は,必ずしも順方向に進むものではなく,研究の進行に応じて行きつ戻りつする性格のものである.現時点では,我々の研究は段階1及び2を行っている最中である.


村落・地形データの作成

 我々は,村落・地形データと土地被覆データという2種類の空間データを扱っている.これらのデータは,いずれも簡単に入手できるものではなく,手持ちの資料等から新たに作成するものである.ここではまず,村落・地形データの作成について説明する.
 村落・地形データは,空間データと非空間データという2種類のデータから成る.前者は,緯度・経度や直交座標など,位置を示す情報,いわゆる空間情報を含むデータを指し,後者は位置情報を含まないデータである.今回の研究では,空間データのデータ源として,1971年センサス地図と1976年地形図を用いた.これらはいずれも紙の地図であり,GISに適合したデジタルデータとするために,
  1. スキャナーによるビットマップ画像化
  2. Arc/INFOによるデジタイズ
を行った.



 さらに,非空間データとしては1870年土地台帳と1871年センサスを用いている.これらのデータは,いずれも紙媒体の表であり,まず,これらをデータベース化した.



 このようにそれぞれ個別にデジタル化されたデータを,Arc/INFO中で結合し,ポンネリ地域のデジタル村落・地形データ(GISデータ)が完成した.




土地被覆データの作成

 一方,土地被覆データは,衛星画像データを元に作成する.現在,入手可能な衛星画像はその解像度や周波数によって多岐に渡っており,今回は,最も代表的な衛星であるLANDSATのTM(Thematic Mapper)画像を用いた.この画像は解像度が25〜30m程度であり,土地被覆の概略を捉えるのに適したデータである.ポンネリ地域については,他にSPOT衛星やIRS衛星などのデータが利用可能である.なお,ここで用いた画像は1994と1997年の夏期のものである.



 しかしながら,衛星データはそのままではそこから土地被覆を読みとることはできない.衛星画像は複数の周波数域から成る情報であり,各土地被覆の持つ周波数特性と合わせてみることで,初めて土地被覆データが得られる.そのためには,対象地域の内部で真の土地被覆をいくつか知る必要があり(そのような情報をグラウンド・トゥルースと呼ぶ),現在,グラウンド・トゥルースを入手する手段を策定している段階である.


研究仮説の探索

 ある程度空間データが完成した段階で,次に研究仮説の探索を行う.GISは確信的分析(confirmatory analysis)もさることながら,探索的分析(exploratory analysis)において特に威力を発揮すると言われている.それは,研究者が一人一人,膨大な空間データを机上で簡単に操作し,表示形式を変え,統計分析を行いながら,様々な研究仮説を検証するという,従来の紙地図では望むべくもなかった複雑な作業を可能としている故である.簡単な空間データの表示やグラフの作成に始まり,空間データの重ね合わせ,バッファリングやボロノイダイアグラムといった空間操作を駆使することにより,研究者は様々な空間的研究仮説を考えることができる.




 上の図は,ポンネリ地域の各カーストの分布を図化したものである.これらの図を見ると,例えば,chettiとmahomeの分布はよく似ており,shananの分布はこれらと多少異なることが解る.さらに,これらの分布はいずれもある程度,空間集中傾向を持っている.それに対しpariahの分布は,これら3つとは大きく異なり,全地域に渡って均一に分布している.このように簡単なデータでも,空間に展開することにより,様々な傾向を見出すことができる.これらのデータを互いに,また,他のデータと重ね合わせることにより,更に多くの研究仮説を見出すことができるものと期待される.


共同研究におけるGIS利用のポイント

 以上のように我々は,GISを通じて,文系と理系という全く異なる研究背景の融合を試みている.現段階ではまだその途上にあるが,GISをこのような共同研究で用いるためには,いくつかのことに注意しなければならないことが明らかになった.

I. 空間データの取得・作成
  1. デジタルデータの有無
  2. アナログデータの有無
  3. データの作成費用(ハードウェア,ソフトウェア,人的費用(時間),外注費用)
  4. 元データの誤り
  5. 曖昧さを含むデータの扱い
  6. 研究途中でのデータ追加
II. 研究者の相互理解
  1. 共通言語の理解(イスラーム研究,地域研究,GIS,計算機科学)
  2. 現存する研究課題(研究仮説)
  3. 研究手法(確証的,探索的)
  4. 利用可能な空間解析手法
 GISを用いた共同研究では,予め上記の点について,研究者同士十分理解しておくことが望ましいと言える.