イスタンブルの都市データとGIS




 浅見 泰司 東京大学工学系研究科 助教授
 Ismail Istek  東京大学空間情報科学研究センター 非常勤研究員
 Ayse Sema Kubat  イスタンブール工科大学建築学部 教授


はじめに

現在、上記3名により、イスタンブルなどの都市データを用いて特に街路網に着目した都市構造のパターンとその地域の文化的背景の関係について研究を進めている。本発表では、トルコの主要都市であるイスタンブールの都市データを用いて、GISの機能を紹介し、イスラム地域研究に資する今後の活用の可能性について論じて見たい。

イスタンブルの都市データの概要

本研究チームでは、イスタンブールの都市データを完備した。これはイスタンブル市の協力で入手したものである。ただし、データ利用制約が厳しいため、イスラーム地域研究プロジェクトの第4班内での利用しか認められていない。

セッション・ウィンドウ

イスタンブルのエミニョニュ地区を表示したもの。セッションウィンドウと呼ばれるウィンドウが開かれている。これらの黒い点で示された項目はそれぞれ、空間データとして、異なる種類を示している。例えば、上から見ると、境界、建物、運河、文化施設、バス停車場、電気関係施設、泉、標高、工業建築物、その他、公園、・・・などがある。これらは全て一緒に描かれているが、実は、すべて異なる透明な紙に描かれているようなもので、この中で表示したいものだけを選択的に表示できるようになっている。それらをレイヤーと呼ぶ。ちなみに、これらはすべて1995年のデータ。



拡大・縮小機能、表示・非表示選択機能

これは、エミニョニュ地区を表示したもの。有名なガラタ橋が描かれている。GISでは、縮尺を変えて表示することが簡便にできる。GISでは、縮尺を変えたときに、表示の仕方も変えることも可能。ガラタ橋付近を拡大すると、道路についても、実幅員で細かく入力されているのがわかる。さらに拡大すると、建物についても、また地表上の事物についても、現実の大きさで入っていることがわかる。基図の境界線も描かれているが、これは、実際には、これらの地図が何枚も入力されていて、それが、つながっているように表示されている。



虫眼鏡

例えば、地図を表示したままで、より細かいものを見たいときに、虫眼鏡のような機能もある。例えば、ジャーミーを探すとき、通常では読めない文字も、虫眼鏡で読める。対象地区を概観しながら、詳しくも見てみたいという時に便利。

図形属性の表示

GISでは、形状のデータに、その事物の属性データもリンクされている。例えば、ここで、この建物の情報を見てみると、ベヤズィット・ジャーミーという名前や、宗教施設であること、1506年に建設されたことなどがわかる。このような情報はあらかじめ入力しておいたものだが、このようなデータを用いて、検索することもできる。



バッファリング

ある施設から100m以内の地区などというような領域の設定の仕方が可能。そのような、機能をバッファリングという。これは、エミニョニュ地区のアティッキ・イブラヒム・パシャ・ジャーミーを中心として100m以内にある部分を表示したもの。それ以外のエリアが反転した色で表示されている。



テーブルとの対応づけ

そこに含まれる建物のリストの表を作成することができる。これは、先ほどのバッファリングした地区に含まれる建物のリストを表示したも。テーブルと図形データはリンクされており、一方をクリックすると、他方でどれを示しているかがわかる仕組みになっている。



最短路検索

これは、イスタンブールのガラタ地区の道路網を表示したもの。ガラタ地区は、イスラム圏特有の有機的な道路網体系となっている。この地区の道路網は、単純に線が描かれているだけのように見えるが、実は、交点、交点を結ぶリンクなどの情報が整理されている。例えば、2地点の間の最短路を求めるという場合に、GISなしでは容易には求められない。しかし、GISを用いると、このように、すぐに求めることができる。ここにルートの延長が出ているが、縮尺や単位系があっていないため、とんでもない値となっている。縮尺や単位系があっていれば、正確な値が算出される。この最短経路検索機能は、このような細かな都市内部のデータに用いれば、道路の最短経路を求めることができるが、より広域的なデータに適用すると、都市間の最短距離の経路を求めることもできる。人は最短路を選択する傾向があることに注意すれば、最短経路が集中する都市は、商業的に繁栄すると予想され、ある都市がなぜ別の都市よりも繁栄したかについても理解を深められるのではないか。



古地図との重ね合わせ

最後に、特に歴史研究をされる方々にお使いいただけると思われる機能を紹介する。この図は、1941年のイスタンブールのエミニョニュ地区の地図を、スキャナーで読み取ったものと現在の市街地を重ね合わせたもの。古地図はかならずしも正確に作られているわけではないので、完全に重ねあわせるには、微修正をいろいろなところで施す必要がある。そのような微修正は、ちょうどゴムのシートを伸ばしたり縮めたりして合わせるために、ラバーシーティングと呼ばれる。微修正の結果重ねあわせたものがこれ。昔の市街地構造の上に、現在の市街地が立っていることがよくわかる。この地区で特に注目していただきたいのは、ガラタ橋の位置。この橋はつい最近、位置が移動されましたが、そのことは、重ね合わせで簡単に知ることができる。このような複数の地図の重ねあわせは、地域研究や歴史研究でも頻繁に使われるのではないかと思う。しかも、2時点の地図をディジタルデータ化しておけば、様々な検索機能を用いて、必要とする情報を容易に得ることができる。



おわりに

本報告では、イスタンブルの都市データを使って、GIS機能の一部を簡単に紹介した。実際に行う分析は、これらの機能を組み合わせて行うことになるが、基本的な機能を知っておけば、組み合わせてどのようなことができそうかが大体予想できる。GISをすでにご存知の方には退屈な内容だったろうが、このような市街地データをすでにトルコでも複数の都市で整備し、都市計画などに利用していることは特筆に価する。残念ながら、これらのデータは、汎用的に使用できる許可はなく、自分で一から作ろうとすると、かなりの費用や時間を要するのが現状。しかし、今後このようなデータを備え、活用していくことにより、地域研究のやりかたもかなり変わっていくものと考える。本報告が、少しでもそのヒントになれば幸いである。なお、本報告に用いたGISソフトは、インフォマティクス社のSISと呼ばれるソフト。