イスラーム地域研究国際シンポジウム
(2001年10月5日-8日、千葉県木更津市)
報告書
上智大学大学院外国語学研究科
地域研究専攻博士前期課程1年
本多 渉
「イスラーム地域研究」国際シンポジウムが2001年10月5日から8日にかけての4日間、千葉県木更津市にある「木更津かずさアーク」にて開催された。この国際シンポシウムには国内はもちろん、海外からも多数の研究者が参加され、興味深い発表がなされたと同時に活発に議論が展開され、大変に意義深い国際シンポジウムとなった。
以下では、10月7日に行われた第4セッション"Sufis
and Saints Among the People in Muslim Societies"において行われた研究発表、特にNathalie
CLAYER(C.N.R.S.,Paris)による“SAINTS AND SUFIS IN THE
ALBANIAN SOCIETY”について話をさせて頂く。
本研究でCLAYERは、共産党政権によって宗教活動が禁止されていた時代にあってもアルバニア社会にとってタリーカは重要なファクターであったとし、共産党政権崩壊に伴う宗教活動の「復活」においてスーフィー教団が果たした役割についての重要性に焦点をあてている。CLAYERはオスマン朝期にはすでに現在のアルバニアと呼ばれる地域の隅々にスーフィー・ネットワーク(the
Halvetis, the Bektashis, the Kadiris, the Rifais など)が広まっていたと指摘し、さらにアルバニアのオスマン朝からの独立(1913)当初には、各スーフィー・ネットワークがアルバニア各地で組織化し、勢力を拡大していたとしている。
しかし独立後、イスラーム教徒が人口の70%以上を占めるにも関わらずアルバニアにおいてイスラームが国教となることはなかった。しかしこの時期、アルバニア国内でスンニ派が衰退する一方で1920〜30'sにスーフィーはその勢力を着実に広げ、これ以後アルバニア各地で様々な活躍を見せることになると分析している。しかし、共産党政権発足以後、宗教活動は一切禁止される事態となってしまい、禁止された宗教活動の中には「伝統の伝達」もふくまれていた。このことにより宗教的な伝統が断絶してしまう恐れもあったが共産党政権の様々な圧迫の中でも、伝統は各家庭内で受け継がれていくことになる、とCLAYERは具体的な例を示して証明している。
そしてついに共産党政権が崩壊した、つまり宗教活動の再開が許された1990年、アルバニアではキリスト教教会やモスクが再開された。これ以後、アルバニアの宗教「復興」は大きな3つの動きを伴うことになるとしてCLAYERは以下の3点を指摘する。
1.上(政治的、宗教的指導者)からの動き
2.下(庶民)からの動き
3.外(外国)からの動き
中でも、「2.下からの動き」が一番力を持つものであった、とCLAYERは指摘する。
この時期アルバニア中いたるところで見られた現象であるが、特に地方において一早く宗教施設の復活が相次いでいる。これらの宗教施設の再開を祝う意味で、再開の儀式の時に女性によって伝統的な歌が歌われており、このことからも、共産党政権下のアルバニアで表向きに宗教活動が禁止されていた時期においても庶民は各家庭で密かに伝統を受け継いで来ていたことが証明される、とCLAYERは言う。またこの様な流れは、聖者(男/女)の(再)登場を伴うものであり、以前のshaykhやbabaなどの再登場、また新たな聖者の登場をもたらした、としている。
スーフィー・ネットワークの構築の動きは以上の動きに比べて「遅い」と感じられるものであった。それというのも、スーフィー・ネットワークが以上のような聖者の(再)登場をコントロールしようとしたこと、また過去に類をみない経済的、政治的、社会的変化がおきていること、指導者数が限られていること、ネットワークの構築には時間が掛かること、そして、競合する他の宗教グループが存在すること、が主な原因であろうとCLAYERは分析している。
この様な様々な流れ、動きの中で、 Bektashi
はメディアを通じてその思想を広く庶民に広め始めたという。Shaykhを先祖に持つと考えられる
Hysni Shehu という若者は、1998年「The breeze from the
garden of Ehl-I Beyt」と名づけられた初の詩集を発表、続く1999年に彼は新たに「The
Saints of the Ehl-I Beyt」という詩集を発表した。これらの作品の中で彼はBektashiのタリーカは特別なミッションであるとしている。更に、2001年の春にはMoikom
Zeqoという人物が「Third Eye」という本を発表した。この本はBektashiに属さない人々に対してさえ強烈なインパクトを与えたとCLAYERは指摘する。
新聞に掲載されたレビューは以下の通りである。
“Naim Frasheri, as an apostle of Bektashism, searched what is
called the Third Way,
it means a faith which could unite the two great faiths of the
Albanians, and could
accept Christianity and Islam, so that, as a synchronized
ideology, it strengthens
Albanianism.”
そして、彼はBektashismがキリスト教でもイスラーム教でもない「Third
Eye」であるとし、更にこの「Third eye」とは東洋と西洋の間にあるアルバニアである、と述べていることをCLAYERは強調している。
以上がNathalie CLAYERによる発表の概要である。
氏の発表はアルバニアの実態と社会的関係を、豊富な資料を用いて詳細に捉えた、大変興味深いものであった。