●cグループ「聖者信仰・スーフィズム・タリーカをめぐる研究会」(第2回)

 日時:2001年7月30日(月)13:00-17:00
 場所:上智大学10号館322会議室
 発表:1.今松泰(神戸大学大学院文化学研究科博士課程)
     「聖者とタリーカのシャイフの記述に関する一考察―
      オスマン朝の伝記集成の分析から」
     (使用言語:日本語)
    2.Mehmet Bayrakdar(アンカラ大学神学部教授、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究科客員教授)
     "The Impact of Ash'arism on Ibn al-'Arabi and his Criticism on Ash'arism."
     (使用言語:英語)

 今回の研究会ではトルコを舞台として、異なる分野、視点から二つの研究発表がなされた。
 まず、今松氏の発表は、トルコ史研究において聖者伝・伝記集成が研究のための情報源として使われることはあっても、そのもの自体が全体として分析の対象とされることが少なかったとの反省に立ち、聖者に関する記述を多く含み、代表的な伝記集成3作品を取り上げて、そこで誰が聖者として扱われているのか、また同一人物に関してどのような記述の差異が見られるのかが、詳細に論じられた。取り上げられたのは、アブドゥッラフマーン・ジャーミーの『親愛の息吹』にラーミイー・チェレビーが相当の記述を加えて著した『親愛の息吹・翻訳』(1521年)、タシュキョプリュリュザーデの『オスマン国家のウラマーに関する赤いアネモネ』(1558年)、メジュディー・メフメト・エフェンディーの『アネモネの庭園』(1587年)の3作品である。
 オスマン朝における聖者伝・伝記集成の伝統を概観した後、まずは『親愛の息吹・翻訳』と原典である『親愛の息吹』との間にある異同が検証され、ラーミイー・チェレビーがいかなる観点から増補を行ったかが明らかにされ、ついで、『赤いアネモネ』および『アネモネの庭園』に関して、各スルターン・カリフの治世別に取り上げられたシャイフたちが比較検討された。結論として、これら伝記集成がシャイフの「道統」を構成の基準として採用しており、しかし、オスマン朝前史あるいは初期史に存したシャイフについてはその種の原則が適用できないために、例外的な選択や配列が行われていることが指摘された。
 歴史学以外の専門の聴衆にとっては、この分野の研究のありようにじかに触れるよい機会となるとともに、研究の視点としてたいへんに興味深く感ぜられた研究発表であった。その一方で、同種の手法をもってすれば、より多彩な分析が可能だったのではないか、また結論にいたる道筋はより簡潔なものとすることができたのではないかというのが個人的な感想である。質疑応答は事実関係、方法論、結論の可否などをめぐり多彩になされたが、こうした研究を聖者研究全般のなかでいかに生かしていくかについてはさらに考究を重ねる必要が痛感された。氏の研究がさらに整理されて公に発表される機会を待ちたい。 バイラクダル氏の発表は、神学的な議論にかなり限定される分野のもので、これまで思想研究を専門とする研究者からも他分野との接点をめぐる発表をお願いしてきた当研究会の研究発表のなかでは、めずらしいものとなった。発表内容は明晰であり、フルペーパも準備されていたので、その理解は困難ではなかったが、これをどのように研究会全体の目指すもののなかに位置づけていくのかが、判断のむずかしいところであったと思われる。
 氏は、表題に示されているように、アシュアリー派神学がいかにしてイブン・アラビーの思想に影響を与えたのかをまず論じ、次にイブン・アラビー自身はアシュアリー派神学をどのように評価、批判したのかを説明するという形で、発表全体を二つの部分に分けて議論した。アシュアリー派の思想家たち、イブン・アラビーとかれに影響を受けた思想家たち、また多くのイブン・アラビー研究者の著作を広範に参照した分析の結論としては、イブン・アラビー自身のアシュアリー派に対する鋭い批判にもかかわらず、彼が同派の影響をきわめて色濃く宿してしており、その系統に連なる者とみることが可能であるというものである。
 この発表に対しては、同じくイブン・アラビーの研究者である東長靖(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科助教授)との間で、いくつかの専門的な議論が交わされたが、その他の分野の研究者にとっては、事実関係以外の問題について、どのように有効な質疑をなすかの判断が少々むずかしく思われた。その中では、氏の発表における議論を一般化した形で、思想の継承をめぐる時代性や地域性、また「継承」という行為そのものが、実際にはどのような知的プロセスであるかをめぐった議論が展開されたのは収穫であろう。
 通地域的・通分野的研究をめざす研究班2グループCでは、従来からより多くの思想研究者の参加を望んでおり、その意味では研究会の今後の展開を考える上でも有意義な発表であったといえるだろう。
(報告:赤堀雅幸、上智大学外国語学部助教授)