IAS2 国際ワークショップ「ムスリム地域における民衆と民衆運動」報告
(午後セッション及び総合討論)

場所:京都外国語大学6号館6階 663号室
日程:11月26日(日)
13時−16時15分  現代の民衆と民衆運動

発表者
見市建(神戸大学大学院、日本学術振興会特別研究員)
"Emergence of Islamic Left? The Involvement of Young Nahdatul Ulama in Social Movements in Indonesia"
「イスラーム左派の出現?インドネシア、ナフダトゥル・ウラマー若年層の社会活動」

Tarek Chehidi(上智大学大学院)
"The Tunisian Labor Movement in the Writings of al-Tahir al-Haddad"
「al-Tahir al-Haddadの著作にみるチュニジアの労働運動」

Hayati Nizar(The State Institute for Islamic Studies, Imam Bonjol, Indonesia)
"Islam and Democracy: The NGO Movement in West Sumatra"
「イスラームと民主主義−西スマトラにおけるNGO運動から」

見市建氏は、インドネシア最大の伝統的イスラーム組織であるナフダトゥル・ウラマー(以下NU)のネットワーク下にイスラーム左派を自称する若者が誕生した背景、および彼らの活動について発表した。NUの伝統的活動拠点であるプサントレンを営む伝統的ウラマーと異なり、これらの若いNUメンバーは、1960年代以降の非ウラマーNU指導者の活動を引き継ぎながら、イスラーム左派という言葉や思想を積極的に用い、プサントレンのネットワークを利用した社会活動の重要性を訴えている。
Tarek Chehidi氏は、al-Tahir al-Haddadの著作にみられる、チュニジアにおける初の組織化された民衆運動としての労働運動の誕生、そこでのal-Haddad自身の功績について発表した。彼以前の知識人と異なり、al-HaddadおよびMuhammad Ali Hammiは労働者と知識人の共闘を謳い、例えば1924年に起こった港湾労働者のストライキにおいて労働者支援を積極的に行い、これがきっかけとなりチュニジア初の労働者の全国組織(チュニジア労働者連盟)が誕生した。このようなal-Haddadらによる労働運動を通しての知識人と労働者の共闘は、チュニジアの民衆運動史におけるパラダイムとなった。
Hayati Nizar氏は、西スマトラ、ミナンカバウにおけるNGO史を発表した。ミナンカバウにはスラウと呼ばれる伝統的な信仰の場があり、コミュニティ活動もまたスラウを中心に行われている。氏はこのスラウでの活動を、ミナンカバウにおける広義のNGO活動であると位置付ける。西スマトラの民衆運動は、スラウという伝統的なイスラーム実践の場を中心に行われたため自治性を維持することが比較的可能であった。蘭植民地下においては、教育によるエンパワーメントをめざす組織がつくられた。インドネシア独立後、政府による介入により組織の自治は打撃を受けたが、スハルト政権崩壊以降、より多くの組織の誕生と活発な活動が期待される。
発表を受けての宮治一雄氏のコメントでは、見市氏に対しては、スハルトへの政権の移行やスハルトの対イスラーム勢力政策がNUの活動に与えた影響について、またChehidi氏に対しては、チュニジアの独立運動やフランスの労働運動とチュニジア労働運動との関連が指摘された。また、プサントレンやスラウなど土地に根ざしたイスラーム実践の場が、民衆運動の場所としての役割を新しく付与されながらムスリムの生活に重要な役割を持ちつづけていることが確認された。

   16時15分−17時20分 総合討論
総合討論では、民衆という語、その定義について再び議論が及んだ。そして「民衆」(people)という語が常にイデオロギー性を帯びていること、さらには、この語の使用が内部の差異を隠蔽する、すなわち本来多様な存在である人々を匿名のものにする効果をもつことが確認された。そしてそれをふまえた上で民衆及び民衆運動を研究することは、イスラーム学・歴史学、地域研究双方の重要な課題であるとされた。
最後にModjtaba Sadria氏は、政治過程から排除されている多くの人々を民衆としたうえで、ムスリム社会においては民衆の異議申し立ての参照枠がイスラームでありつづけていること、また、国家が人々の生活空間を隅々まで囲い込むことを試みている現代においては、民衆の異議申し立てが政治的なものになる傾向があることを指摘した。さらに、国家からの介入を退けながら民衆がアイデンティティを再解釈できる分野として芸術を挙げ、これに注目した研究の必要性を指摘した。
(文責 辰巳頼子)


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