宇都宮大学 清水学

 1998年3月18日から3月31日の間にグルジア・アゼルバイジャンに対する現

地調査を以下の旅程で実施した。

 3月18日昼アエロフロート機で成田を発ち、モスクワで1泊して19日にグルジア

のトビリシに到着した。24日夕方夜行列車でトビリシからバクーに向かい25日午前に

アゼルバイジャンのバクーに到着した。29日にバクーを発ちモスクワで1泊し、30日

夜モスクワ発31日成田着のアエロフロート機で帰国した。

1)今回ザカフカースのグルジア・アゼルバイジャンの調査旅行を行った目的は、中央

アジアの体制転換と地域経済の再編成において、カスピ海油田開発が重要な動因となりつ

つある実態を考慮に入れて、その主役の一つであるアゼルバイジャンとその流通経路で有

力な役割を果たしているグルジアの対応を見ることにより、その展望を描くことであった

。2)今回の移動で感じたことはザカフカース3カ国の間の人の動きが予期していた以上

に少ないことであった。トビリシ・バクー間に航空路はあるが客が少ないとキャンセルし

、調査員の場合も航空機を利用することができず、夜行列車しか残されていなかった。列

車も空席が目立った。以前の状況との比較はできないが、ザカフカースにおける地域的経

済関係は縮小してきていると見られる。

3)アゼルバイジャンの石油開発への期待がグルジアでも大きいが、石油開発投資は時

間がかかり、まだソ連邦解体の経済的打撃とシステム転換の困難のほか、民族エスニック

紛争の後遺症が大きく、基本的に経済困難が続いている。道路などインフラ投資は停滞し

ており、低所得水準に苦しんでいる。ディアスポラがほとんどいなかったグルジア人も独

立以来50万人が国外に脱出した。またトビリシにいた約4万5000人のグルジア・ユ

ヤ人の約4分の3がソ連崩壊後イスラエルなど海外に去った。

4)トビリシではアブハジアから脱出したグルジア人が国有ホテルを占拠しており、観

業も壊滅状態にある。グルジアではアブハジア、南オセティア、アジャールの独立ある

は自治拡大運動の解決の目途が立っていない。一方ナゴルノカラバフ問題で対立するア

ルメニア・アゼルバイジャン問題は、アルメニア勢力の占領地からの撤退とナゴルノカラ

バフの将来を2段階に分けて解決する提案が米国、EU側などから出されているが、アルメニアではむしろ対アゼルバイジャン強硬派が強くなっている。2月に対アゼルバイジャン妥協派のテル・ペトロシアン大統領が退陣に追い込まれ3月に行われた選挙で強硬派のコチャリアンが新大統領となった。カスピ海油田開発がこの地域の和平に結びつけられるかどうかが注目されている。

少数民族の独立・自治要求運動について、グルジアの体制側ではロシアの対グルジア

揺さぶり作戦の一環として見る傾向が強く、またアゼルバイジャンではアルメニアの背後

にはロシア、イランがいるとする見方が多々見られる。

5)中央アジアからカスピ海、ザカフカースを経て黒海につながる東西ルートをユーラ

シア大陸の大動脈の一つとして復活・強化することによる経済再建を展望あるいは期待す

る声が大きい。いずれにせよソ連崩壊後のユーラシア大陸再編成のさまざまな構想が注目

される。そのなかで中央アジア、アゼルバイジャンのみならずロシア連邦内のタタールス

ターン、ダゲスターン、チェチェンなどチュルク系諸国間の多角的な相互交流の進展が注

目される。今後研究すべき課題の一つである。

6)グルジア、アゼルバイジャンとも歴史的条件、地理的近接性から両国ともアジアあ

るいはオリエント言語教育においてアラビア語、ペルシャ語、トルコ語は重視されている

。トビリシの東洋学研究所ではアラビア語、ペルシャ語、トルコ語以外ではヒンディー語

、インドネシア語、日本語が教えられている。アゼルバイジャンでも基本的に同様である

が、外国語大学では韓国語が教えられており、韓国から4人の教官が派遣されている。

7)グルジア、アゼルバイジャンとも歴史の見直しが行われつつあり、特にロシア革命

から1920年のボルシェビキの権力奪取前後の時期が一つの焦点である。また独立直後

のグルジアでのガムサフルディア大統領(当時)の過度の民族主義のほか、権威主義的政

体に傾きやすいザカフカース政治の現状と歴史評価がどう絡み合うかももう一つの焦点で

ある。なお今世紀初頭のアゼルバイジャンの政治団体の分析、牧畜業におけるエスニック

構成のほか、第2次共和制(1920年から1991年まで)形成期の研究など1996年以降に

出版されたものを入手した。

 なお、今回の現地調査に関しては、19986月に発行予定の「宇都宮大学国際学部研究論集No.5」に、研究ノート「ザカフカース:19983月」として報告を掲載する予定である。

      清水 学