2-c「イラン概念」第2回研究会

[書評]Rasul Ja'fariyan. Elal-e bar oftadan-e Safaviyan(サファヴィー朝滅亡の諸要因). Tehran: Markaz-e chap va nashr-e sazman-e tablighat-eeslami. 1372Kh.

近藤 信彰(東京都立大学)

 サファヴィー朝後期、特にシャー・ソレイマーン期(1666-94)、シャー・ソルターン・ホセイン期(1694-1722)を研究する際の困難は、ペルシア語史料の不足にある。豊富な文書史料に恵まれたオスマン朝史とことなり、年代記等の叙述史料に頼ってきたサファヴィー朝史において、満足な年代記もないこの時代を研究するためには、圧倒的に欧文史料に依拠せざるを得なかった。
 本書は、ゴム在住のウラマーである著編者がこうした状況を打開する方法の一つとして、韻文や宗教書に着目し、アラビア語を含めた史料の校訂と解説、およびこれらを利用した論文を含めた選集である。本書の前半ではサファヴィー朝の滅亡についてこれまでの見解をまとめたのち、滅亡の原因に直接言及した韻文「 因果の書」や再建のための方法について論じたアラビア語の論策「諸地方の医術」等の史料を校訂・紹介する。シャー・ソルターン・ホセインの財政状況等の興味深い記述も見られ、また書き手の立場によりL. Lockhart の名著とは異なった人物評価が行われている。さらに興味深いのは、当時の知識人がサファヴィー朝の滅亡をどう捉えたかであり、本書では論じられてはいないが、彼がこれまで校訂した四つの政治論の比較検討により、それが明らかとなるであろう。
 後半の論文では、サファヴィー朝下のメッカ巡礼やタバコを巡る法学者の議論など社会史的なテーマや、移住してきたアラブ・ウラマーや宗教書のペルシア語への翻訳等シーア派関係の問題を扱っている。論文のスタイルが叙述的で焦点が絞りにくいきらいがあるが、いずれも我々にとって非常に示唆的である。
 現在のイランの知的環境を考えれば、著編者のような研究者の活躍はますます盛んになり、文献の発掘・校訂・出版もますます続くことが予想される。こうした成果をいかに吸収するかが、日本も含めた外国の学界の課題となるだろう。