1-b班の依頼による現地調査


 中央アジア出張報告書

坂井弘紀


期間 1999年10月15日〜11月6日
訪問地  ウズベキスタン共和国タシュケント、
      カラカルパクスタン共和国ノキス(ヌクス)、
      カザフスタン共和国アルマトゥ


出張目的
 今回の出張の目的は、ウズベキスタンで開催が予定されていた「英雄叙事詩アルパミシュ千年記念国際シンポジウム」への出席、および中央アジア諸国・諸地域における叙事詩の採集・出版状況と叙事詩研究の現状等についての調査である。
 叙事詩という古くから受け継がれてきた文化遺産が、今年独立8周年を迎えた中央アジア諸国においてどのような状況にあるか、または中央アジア地域に広がる叙事詩がどのように「分割」され、あるいは「共有」されているかという観点から、中央アジアにおける「国際関係」を考える目的で行われた。

訪問地と調査内容
 調査に際しては、共通の質問用紙を用意し、それぞれの調査地にある科学アカデミー で、専門家・研究者に答えていただく方法を取った。この方法により、各国(各地)の叙事詩の現状や研究・出版状況、民衆の叙事詩にたいする見方・あり方を比較研究することが可能であると考えられる。
 質問は、1.語り手の現状、2.「語り」の現状、3.叙事詩などの「文化遺産」の保存の3つの大きなポイントについて、具体的に問うたもので、いずれの調査地でも詳細な回答を得ることができた。


(1)ウズベキスタン共和国

 タシュケント 「英雄叙事詩アルパミシュ千年記念国際シンポジウム」は、10月20日より24日にかけて、ウズベキスタン共和国の首都タシュケント、テルメズ(アフガニスタン国境近くの都市)およびホラズム地方のウルゲンチで、「ジェラウッディン=モンゲベルディ800年記念祭」と併せて開催される予定であった。しかし、報告者が現地に到着し、詳細を確認しようと当シンポジウム主催機関であるウズベキスタン科学アカデミー言語・文化研究所に問い合わせたところ、急遽延期となった旨、連絡があった。同研究所によると、延期の理由は財政難とのことで、ウズベキスタンの現状を表しているかのようであった。なお同シンポジウムは予定を変更してテルメズで1日のみ行われるとのことであった。

 そのため報告者は、当シンポジウムに出席することがかなわくなったが、同研究所において同研究所所長トーラ=ミルザエフ氏らをはじめとする多くの研究者らと懇談する機会を得、同シンポジウムにおいて報告者が発表する予定であった論文「中央アジアの叙事詩における主人公の移動の特徴について」をもとに、英雄叙事詩がもつ地域的特徴や現代社会における役割について話し合った。また、同所長からはアルパミシュ関係 の書籍や資料をいただくなど、多大な協力を得た。

 また、叙事詩研究者ジャッバル=エシャンクル氏には、報告者の行った調査に全面的に協力していただき、現在の叙事詩の状況についての詳細を知ることができた。調査によって、ウズベキスタンでは、語り手はほとんどが男性であること、「語り」の伝統は衰退しつつあるものの、南部のスルハンダリア州やカシュカダリア州などではその伝統が強く残っていること、2000年以降に100冊からなる「ウズベク民族口承文芸」のシリーズの刊行が行われることなどが明らかになった。

 なお、10月18日、同研究所では「国家語に関する法律制定10周年記念学術会議」が開催され、報告者も同会議に参加した。同会議では、ウズベク語利用の現状やロシア語との二言語使用問題などについての報告があった。また、報告者はラジオのインタビューを受け、日本におけるウズベク語の学習状況やアルパミシュをはじめとする口頭伝承研究の現状などについて答えた。

(2)カラカルパクスタン共和国

 ノキス(ヌクス) ウズベキスタン共和国に帰属するカラカルパクスタン共和国の首都ノキス(ヌクス)では、ウズベキスタン科学アカデミーカラカルパクスタン支部文学研究所を訪ねた。同研究所では、同研究所所長であるサリグル=ババディロヴァ女史、若手の叙事詩研究者ジェンギスバイ=ニザマッディノフ氏をはじめ多くの文学・歴史・言語研究者らと懇談した。近年、文学の分野を中心とした「カラカルパク文化」に関する研究・出版が盛んであることや「民族文化」の研究や保存が必要であることなどを語ってくれた。

 また、同研究所の文書保管所に所蔵されている、英雄叙事詩「ショラ=バトゥル」などの未公刊の貴重な写本を直接見ることができるよう便宜をはかってくれた。さらにニザマッディノフ氏には、報告者の叙事詩に関する調査に詳細にかつ、快く答えていただき、ノキスにおける叙事詩のあり方や研究事情が独自性をもっていることを知ることができた。回答によると、カラカルパクスタンでは、語り手の職業は多種多様であること、叙事詩の伝統は弱くなっているが、毎年叙事詩のテクストが刊行されていることなどがわかった。

 同国には、主に英雄叙事詩を語るジュラウ、主に恋愛叙事詩を語るバクスとよばれる二種類の語り手がいるが、ジュラウは少ないとのことである。同研究所およびこれらの研究者らからは貴重な書籍・資料をいただいたり、まだ公刊されていない論文を読ませていただいたりと、多大な協力を得た。


(3)カザフスタン共和国

 アルマトゥ カザフスタン共和国のかつての首都アルマトゥでは、カザフスタン科学アカデミー文学研究所を訪ね、同研究所所長シャキル=ウブラエフ氏と懇談した。同所長からは、カザフスタンにおける叙事詩をはじめとする「フォークロア」という「文化遺産」のあり方とその研究状況について詳しくうかがうことができた。また、同国のクズルオルダ(シル川流域にあるカザフスタンの都市)で開催される「コルクトに関する学術シンポジウム」についても、その意義と重要性について語ってくれた。

 同所長は、最近出版された自信の著作『オグズ英雄叙事詩学』で、カザフの叙事詩とトルコなどに伝わるオグズ系叙事詩との比較研究を行っているが、今後もそのような比較研究が必要であると力説していた。同所長によれば、来年夏には「フォークロア理論と現在に関するシンポジウム」がアルマトゥで行う予定であり、同シンポジウムでは、現代社会とフォークロアとの関わりやそのあり方なども討議されるとのことである。また同研究所では、報告者の調査にも応じてもらうことができ、相応の成果を得ることができた。現在でも叙事詩は伝統的に祝宴や祝日などに語られているが、やはり同国でも衰退の傾向にあるとのことである。

 科学アカデミー文学研究所では、ウズベキスタンと同様に、100冊からなるカザフフォークロアの集大成の出版を予定しているが、財政的に困難なため18冊のみが計画されているとのことである。報告者は、以上のように3つの国・地域で行った、叙事詩に関する調査の結果を比較することで、それぞれの国・地域の叙事詩についての特徴を明らかにすることができた。スペースの関係上、ここではそれらについて記すことはできないが、調査の結果は別の機会に明らかにしたいと思う。

 クルグズやトゥルクメニスタン、タジキスタンなど他の中央アジア諸国については今回調査できなかったが、この点は今後の課題としたい。さらに今回調査を行った国についても、今後さらに詳細な調査・研究を行う必要があろう。予定していた会議には出席できなかったものの、有意義な調査が行えたことに、協力いただいた国内外の関係各所の方々に深く感謝したい。


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