ロンドン・パリ出張報告
マーリク派法学資料の
調査・収集


柳橋博之


期間 1999年12月25日〜2000年1月10日
訪問地  ロンドン、パリ

  近時のイスラーム法研究は、世界的に見て、研究者自体の数も増え、また資料やアプ ローチの上でも多様化している。とくにマグレブのマーリク派法学の研究についてはその傾向が顕著であるように思われる。私もかれこれ20年近くマーリク派に興味を持 ち、研究業績の多くもマーリク派に関係しているが、安閑とはしていられないとの気持ちにかられて、有益と思しき写本を調査・収集したいと、
Miklos Muranyi,
Beitrage zur Geschichte der Hadith- und Rechtsgelehrsamkeit der Malikiyya in Nordafrika bis zum 5. JH. D. H.
Fuat Sezgin,
Geschichte des arabisches Schrifttums
なども調べた後に、まずはこの2都市を回ってみた次第である。

  また新プ ロ1−cの主旨との整合性も考え、理論よりも、家族法も含めてイスラーム法の適用について有益な情報をもたらしてくれる資料を探すという目的をもって調査を行った。 結果、6点ほど興味を惹かれる著作の写本を発見することができ、いまだ手許には届 いていないものの、マイクロ・フィルムの作成・送付方を依頼した。以下に紹介する ことにしたい。

1.Muhammad b. 'Abd al-Salam Sahnun al-Tunisi (202-256/817-870),
Ajwibat Muhammad b. Sahnun al-fiqhiyya:


  著者は、マーリク派の権威書中の権威書の一つ『 ムダウワナ』の著者であるサハヌーンの息子で、後世のマーリク派の著作にも時々名前が現れるが、いまだその著作は校訂されていない。この著作の内容や価値のほどはまだ分からないが、マグレブにおけるマーリク派の定着には功績のあった人物なので、 マイクロ・フィルムを招来することにした。

2.Abu Said Khalaf b. Abu al-Qasim b. Sulayman al-Azdi al-Qayrawani al-Baradhi'i,
Tahdhib masa'il al-Mudawwana wa-'l-Mukhtalifa:


  著者は403/1012年 カイラワーン生まれで、同地のマーリク派の有名な法学者イブン・アビー・ザイド・ アルカイラワーニーの薫陶を受けた法学者である。この著作は、『ムダウワナ』に現れた法学上の争点をかなり絞って解説しているようである。類書としてはウトビー『 ムスタフラジャ』もあるが、それ以後の学説にも触れている。
  マーリク派は、3/9 世紀末までの法学者が高い権威を有し、その後はイブン・ルシュド(455-520年/106 3-1126年)を代表とする5/11世紀以後に新たな学説の展開が見られるという印象があるが、この著作などはその間の架橋として興味深いものがあるかもしれないと期待 してマイクロ・フィルムを依頼した。もっともスタイルとしては『ムスタフラジャ』 と選ぶところはないようでもあるが。

3.'Isa b. Sahl al-Azdi (al-Asadiとする本もある 420-486/1029-1093),
Al-I'lam bi-nawazil al-ahkam:

  著者は、アンダルスで活動した法学者で、マーリク派の法学書にもしばしば名前は現れるが、やはり校訂本はまだないようである。やはり未校訂のAbu al-Walid Hisham b. 'Abd Allah al-Azdi, Al-Mufid li-l-hukkam fi-ma ya'ridu la-hum min nawazil al-ahkamという類似の書名には、それまでのマー リク派の法学書では扱われていないような事案や論点が扱われており、またマーリク 派の裁判に関する概念を知る上で有益であった。頁を繰った印象ではこれもその類書ではないかと期待したのが、マイクロ・フィルムを依頼した理由である。

4.Muhammad b. Harun al-Kina'i al-Tunisi (680-750/1281-1349),
Mukhtasar al-nihaya wa-'l-tamam min ma'rifat al-watha'iq wa-'l-ahkam li-'ilm al-Mutayti:


  著者はあまり知られていない法学者である。しかしマーリク派通を自称する人ならば、この書名の末尾にあるal-Mutaytiという言葉には敏感に反応するはずである。書名としては通称Al-Mutaytiyyaは、15世紀以降のマーリク派の法学書にはしばしば現れるが、校訂本はなく、また写本の所在も、少なくとも私は知らなかったも のである。
  本著作はその要約・解説に当たるようであるが、『ムタイティーヤ』に一歩でも近づきたいとの思いからマイクロ・フィルムを依頼してみた次第である。

5.Taj al-Din Abu Ishak Sidi Ibrahim al-Salmasi, Kitab al-nawazil:

  この著者については不明である。ただ私としては『ナワーズィル』、すなわち「現実に起こっ た事案」という書名に興味があったまでである。かつて『分益小作契約についてのナワーズィル』という類似の書名の著作では、やや具体的な契約の実態が書かれており、 何かの役には立つかもしれないと思ったことがあり、今回もそれを期待してマイクロ・ フィルムを依頼した。

6.Abu Muhammad 'Abd Allah b. Muslim b. Qutayba, Kitab al-siyasa wa-'l-imama:

  これはかのイブン・クタイバに帰せられているが、どうやら偽作のようである。とにかく書名が面白そうなのでマイクロ・フィルムを依頼した。しかし実はこの校訂本が最近出版されていることを付け加えておこう。 以上の他にもあるいは役に立つかもしれない写本はあったが、そんなに読めるものではないし、以上の6点を収集するにとどめた。さきにも述べたようにいまだ手許には届いていないが、関心のある向きは私に連絡されたい。 最後に、さきに挙げたMiklos MuranyiやFuat Sezginの著作は確かに詳細で優れた資料紹介ではあるが、それでも写本のあるところを訪れることで掘り出せる物はあるもの であるとの思いを得たというのが今回の調査旅行の印象であった。

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