「フェルガナ地方における紛争の防止」
アナラ・タビシャりーヴァ
(クルグズスタン地域研究所・所長、
国連大学「平和とガバナンスプログラム」客員研究員)

1.報告概要
  中央アジアのフェルガナ地方は、クルグズスタン、タジキスタン、ウズベキスタ ンの3ヶ国の国境線上にまたがる地域である。この地方は、こうした地理的な特 殊性から明らかなように、ソ連邦崩壊後、権力の空洞地帯となっている中央アジアにおいて、最も紛争が起りやすい地域と言ってもよい。1989年、1990年の6月 におきた2つの民族紛争は、この地方が将来、紛争多発地域になりうる可能性が高いことをを明確に表している。

  2つの民族紛争とは、ウズベキスタンでおこったウズベク人とメシュケティーン系トルコ人(メスヘティア・トルコ人)のあいだの暴動と、 クルグズスタンでおこったクルグズ人とウズベク人の暴動であるが、こうした暴動によって、一般には旧ソ連邦の特異性であった「国際主義」がいかに矛盾をはらむものであったかが明らかになったのである。

  この2つの暴動がおこってから10年近くたつ今日、さらなる民族間の紛争や暴動がおきうる要因は常に存在しており、全体として状況は悪化していると考えてよい。経済的には貧困が進み、人口急増がこれに拍車をかけている。急増する失業は、民族的、宗教的対立の原因にもなり、対立の緊張度は増す一方となっている。

  フェルガナ地方に国境をもつ上記3つの国家は、いずれの政府も地域の経済発展に寄与するような政策をうち出すこともできず、国境防備の強化といった短絡的な策に訴えがちである。このため、国境をまたいで生活している人々の家族や親戚などの生活が圧迫される結果となっている。

  フェルガナ地方は、中央アジアのなかでも最も人口密度が高い地域である。 中央アジア全体で1千万から1千2百万人の人口があると推定されるているが、そのうちの2割の人口が、中央アジア全体の面積のうち5%に満たないこの地方に集中しているといわれる。 この地方のなかには、16歳以下の人口が40%から50%を占める地域もあり、一般に出生率は高い。1989年と1990年におきた民族間の暴動も、人口密度の高いことから起因しており、なかでも若者層が暴動を担った。

  この地方では、現在モスクの建造が相次ぎ、イスラム化現象が進行中であるが、それにともない宗教色のない学校が次々と閉鎖されている状況も、民族間の対立や暴動の背景となっている。

  この地域の政府が民族対立や暴動などの原因となる政治的、経済的、社会的 な問題に対して、抜本的な政策をとれない状況が続く一方、麻薬取締りに関しては国際的な協力体制ができつつある。かつてシルクロードと呼ばれたこの地域は、今や 「ドラックロード」と化し、中央アジアは以前から麻薬の生産地であったとはいうものの、特にフェルガナ地方の麻薬取引の横行は現在きわめて深刻化している。

  経済的に貧困が深化するにつれ、人々は麻薬の生産に走るようになり、悪循環が続いている。いわゆる「マフィアネットワーク」の力が大きくなればなるほど、その影響力はこの地方の政治・経済の領域にまで及ぶ結果となる。今や、富や武器の蓄積がこうし たネットワークに集中しつつあり、この地方の民族間の力関係を不安定なものにしている。

  フェルガナ地方を含め中央アジアは全体として、こうした問題を自分たちで解 決することができないため、国際的な協力が必然であると考える。国際的な協力関係を推進していくうえで、最も大きな障害は、コミュニケーションの共通の場がないことであると考えられる。情報の伝達路がモスクワ経由であるという問題は、ソ連時代から引き続きおこっている問題である。中央アジアでおこっている政治・経済・文化・社会上の動向を、正確に迅速に随時伝えうる情報・通信上の発信源はどこにもないのが現状である。

  さらに、各政府が情報をコントロールしており、この地域の問題が公の場や学術的な場面であまり議論されることがない結果をもたらしている。4人の日本人を含む7人の人質を捕ったバトケン事件についても同様で、正確なことはほとんど報道されずに終った。

  バトケン事件は、この地域おける2つの大きな問題を露呈した。1つは、現地の 軍隊は、あのような小規模の危機でさえ対応できないという実態であり、もうひとつは、中央アジアの安全保障の問題となると、中央アジアの政府は互いに何の連携プ レー も展開できないという実態である。

  ウズベキスタン政府の政治的圧力で、交渉プロセスはほとんど進まず、軍事的作戦も非効率であった。民兵たちはゲリラから逃げるのではなく、ウズベキスタンの爆弾から逃げるといったありさまであった。

  中央アジアにおける地域的安全保障が空洞状況であることは、今回の事件で 明らかになったが、問題はこの空洞状況をどう埋めていくのかである。ロシア軍のこの地方でのプレゼンスは、地域的には不安定をもたらすだけである。ロシア軍は本来の役割を担うというより、非合法な麻薬や武器の取引に関与することになる公算の方が高い。また、アフガニスタン駐在のロシア警察(タジキスタン駐留のロシア軍部隊)は、中央アジアの安全保障を脅かす存在にもなりうる。

  中央アジアにおけるロシアの覇権に対抗するためには、日本を含めた国際的なアクター、特に西側諸国が地域紛争の防止に関わることが必要である。中央アジアに対する援助供与国が、援助に中毒症状をおこしている中央アジアの国々―たとえばウズベキスタンのような国―の政策に影響を与えるような経済的テコ入れをしていくことも、ひとつの可能性として考えられる。

2.討論と総括
  報告の後、名古屋大学大学院国際開発研究科の大学院生のナルギス・カセノ ヴァ氏が、コメンテーターとして、ロシア軍の域内での存在価値、中央アジアの安全保障問題、紛争予防策のありかたについてコメントをした。続いて、参加者から、中央アジアの地域紛争勃発の要因、中央アジアの「ボス二ア・コソボ化」の可能性、持続可能な発展を促進するための援助供与、安全保障のありかたなどについて、さまざまな意見や質問が出され、実りの多い討論が展開された。

  中央アジアの安全保障と地域発展の問題に関する報告を、現地のNGO組織で活動する研究者から直接聞く機会は、日本ではほとんどないように思われる。その意味で、この研究会はきわめて貴重なものであり、今後の研究ネットワークの構築にも役立つものになったと思われる。(文責:中西久枝。研究班1研究協力者)

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