1-A研究会
≪現代イスラームの思想と運動≫

アッザーム・タミーミー博士講演

報告:末近 浩太

「イスラームにおける人権」
(Human Rights in Islam)


「イスラームと民主主義:ヨルダンとムスリム同胞団の経験から」
(Islam and Democracy: Jordan and the Muslim Brotherhood)


発表者:アッザーム・タミーミー博士
(ウェストミンスター大学
民主主義研究センター研究員、英国)

日時:1999年7月14日午後3時―5時
/7月17日午後3時―5時

場所:京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科・
連環地域論講座・講義室



 報告者のタミーミー氏は、パレスチナ系ヨルダン人で、ヨルダンにおけるムスリム同胞団の動向に詳しい。1989年のヨルダン議会選挙ではIslamic Movement's Parliamentary Officeの議長を務め、また1992年にはロンドンを拠点とする組織Liberty for the Muslim Worldの設立に携わるなど、イスラーム世界における人権・自由・民主化の問題に取り組んでいる。

 アラブ世界の現代イスラーム思想に通暁した氏を招いての研究会は、『現代イスラームの思想と運動』をテーマとする1−Aグループにとって、きわめて有意義なものであった。
 
 タミーミー博士の詳しい経歴や著作については、
 http://msanews.mynet.net/Scholars/Tamimiを参照されたい。
「イスラームにおける人権」」(7月14日)
 
 イスラーム世界において、実際に「人権」が問題とされるようになったのは、1967年の第3次中東戦争以降である。アラブ側がイスラエルに敗北したため、その「防衛」として人権がアリー・アブドゥッラー・ワーフィー等のムスリム思想家によって語られるようになった。1980年代初頭には、クウェート大学でセミナーが開催されたり、International Declaration of Islamic Human Rightsが唱えられるなど、人権を巡る議論が活発化する。

 イスラームにおける人権を巡る議論はまた、70年代以降顕在化したイスラーム復興という広い文脈で捉えることができる。それは西洋近代の受容がもたらした社会の世俗化、ならびに西洋的な人権概念のイスラーム世界への適用に対する反動という性格を帯びている。思想的なばらつきは見られるが、ほとんどの場合、イスラームにおける人権の概念は西洋のそれとは一線を画し、初期イスラーム(サラフの時代)に基づいて模索されている。

 イスラーム的人権の特徴は、人間と神との関係性が重視される点にある。タクワー(神への畏れ、神の存在を自覚すること)を土台とする共同体内での「義務」・「正義」・「社会秩序を保つ道徳」が、それぞれ西洋の「権利」・「平等」・「個人主義」と対応しつつ、人権の諸要素を構成していることをタミーミー氏は力説した。

「イスラームと民主主義:ヨルダンとムスリム同胞団の経験から」(7月17日)
 
 ヨルダンのムスリム同胞団は1945年に結成された。1967年以降内部でクトゥブ主義者等による急進派が力をつけてくるが、全体として見てみると、エジプトやシリアとは異なり、政府とは相互補完的ともいえる良好な関係を築いてきた。1984年の地方選挙で民衆の支持と選挙のノウハウを確認した同胞団は、内部において急進派の反発があったものの、1989年に実施された22年ぶりの下院選挙に参加する。こうして同胞団は、政府との関係において再び「伝統的」な穏健的側面を見せた。そして、80議席中22議席を獲得する。

 急進派が選挙への参加に反発する際に問題としたのは、イスラーム運動と非イスラーム政府との協調ではなく、制度の「近代化」である。民主選挙への参加は、しかしながら、「今や民主主義はイデオロギーというよりも、一つのメカニズムである」という見解が同胞団において大勢を占めるにいたったことを反映している。ここに社会運動としての同胞団が元来備えていた「民主性」を看取することができよう。70年代に台頭した急進派の「イスラームと民主主義は両立しない」といった主張は力を失ったのである。

 ヨルダン(とアラブの他地域)におけるイスラーム運動の今後の課題は、寛容・自由選択・透明性等の民主主義の本質といかに向き合うかであると、タミーミー氏は論を結んだ。  

 両セッションとも、同氏の発表後、活発な質疑応答が交わされた。特に、「人権」や「民主主義」といった西洋の概念に立脚した議論の是非に質問が集中したが、氏は一貫して西洋とイスラームの共存に基づいた相互補完的な関係を支持する立場をとった。




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