1999年6月14日 1-Bグループ研究会
(アジア経済研究所「中東動向委員会」と合同)

イスラエル選挙と中東和平プロセス

報告者 防衛大学校 立山良司

報告要旨
イスラエルでは、今年5月の選挙でバラクがネタニヤフに「大差」で勝利し、結果労働党を中心とした「一つのイスラエル」を核とした新政権が樹立することとなった。

1. 選挙結果について
まず首相選挙において、バラクが勝利した最大の要因は、国民の間の閉塞感の蔓延に対してバラクおよび労働党主導の「一つのイスラエル」が「イスラエルは変化を求めている」というスローガンが評価された点である。

イスラエル社会の閉塞感とは、まず以て和平交渉の停滞があるが、その他経済的停滞(ここ数年経済成長率が1%程度に落ち込んでいるという状況)、失業率の上昇、EUはもちろん米国に対するギクシャクした関係などであり、こうした状態からの脱却を志向する国民にバラクの主張が適合した。

また第二点として、ネタニヤフがセファルディ/アシュケナージなど、イスラエル国内の諸アイデンティティー間の亀裂を拡大するような政策を取り続けてきたことに対する不満も大きい。

第三に、ネタニヤフは「安全」を訴え続けて選挙に望んだが、実際は過去3年間テロ事件はほとんどなく、テロに対する恐怖感が以前ほど切迫したものと受け取られなかったことも指摘できる。

第四に、旧ソ連移民が基本的に野党支持に回る傾向にあり、前回野党としてのリクードを支えたのに対して今回は野党としての労働党支持に流れた点がある。最後に指摘できることは、Y合意に対する評価を巡りリクード内で分裂が発生し、合意推進派と反対派がともにネタニヤフ支持から離れたことがある。以上の点がバラクの勝因ということとなろうが、しかし4月に入って急速にバラク支持熱が高まったか、ということについてはよくわからない。

次いでクネセト選挙を概観すれば、特徴として労働党・リクードの二大政党がいずれも後退し、シャスと中道政党が伸長したことが挙げられる。また「大イスラエル主義」政党が後退したことも特徴的である。

2. 中東和平プロセスの今後
以上の選挙結果を踏まえて、今後中東和平はいずれにしても進展するであろうと思われる。バラクの基本姿勢は今明らかになりつつある「連立政権ガイドライン」で示されているが、そこでは「平和的手段によるアラブ・イスラエル紛争の終焉」、「最終的取り決めに向けたパレスチナ人との交渉推進」、「シリアとの交渉開始」、レバノンからのイスラエル軍撤退に向けた行動」、「新規入植地建設中止」などが謳われている。

イスラエル世論の動向を見ても、5月末に実施された世論調査では、個人的な感想としてはパレスチナ国家建設にせよゴランからの撤退にせよ、望ましいものとは思わないが、実際には「国家建設/撤退はやむをえない」、すなわち「和平という流れは止められない、という認識が過半数となっている。

3. イスラエル・シリア交渉
和平交渉のうち、イスラエル・シリア交渉については、双方にインセンティブがある。イスラエル側にしてみればまずシリアからの脅威除去というのは大きな進展となり、またレバノン問題の解決にも奏功する。また他のアラブ、イスラーム諸国との関係正常化にもつながることとなろう。一方シリア側も、和平という「バスに乗り遅れるのではないか」という不安は強く、また和平進展によって対米関係の改善が期待される。さらに経済状態を改善する上でも和平進展は必須であろう。

こうした双方の事情から、95年ラビン政権時代に一定の合意が成立しており、シリア筋によればラビン政権は@ゴランからの完全撤退、A96年6月までに基本合意を達成する予定、という点に合意したとされているが、条約調印前に棚上げとなり、ネタニヤフ政権に引き継がれないまま現在に至っている。

しかし一応イスラエル側も継続的に考える方向にあり、バラクは基本的にこの合意を出発点にするものと思われる。とはいえ、「完全撤退」が接待的な約束であるのか、シリアの対イスラエル正常化措置に応じた停止条件とするのか、という点や、安全保障措置をどうするか、ヒズボッラーを誰が抑えるのか、水問題の処理をどうするか等、今後の交渉における問題点も多々存在する。

4. イスラエル・パレスチナ関係
パレスチナとの関係において言えば、まずパレスチナ独立国家樹立の問題があるが、これは一応既定路線として考えられよう。実際一方的に独立宣言をされてもそれを抑えるすべはないし、現在すでに自治政府のパスポートは80ヶ国以上で承認されている。また難民の帰還問題や非武装化の問題は、ほぼ合意しうる問題である。

一方最もコントロバーシャルな問題は西岸をどこまで返すか、という点であろう。まず入植地の取り扱いについては、現在Y合意では60%が返還されていない。絶対に返さないであろうという土地としてエルサレム周辺やエチオン・ブロック、地下水源に位置するアリエル周辺があり、この部分だけでも10%になる。さらにヨルダン河渓谷もイスラエルにとっての実質的安全保障ラインとして完全保持するのか、部分的に保持するのかという問題があり、これらを合わせれば西岸の最大40%、最低でも10%が返還されないままとなる。その場合返還された土地はそれぞれ点在する形となり、飛び地の集合体となってしまう。

またエルサレム問題も深刻である。95年のベイリン・アブーマーゼン間の非公式合意で示された大エルサレム市(パレスチナ側のクドゥスとイスラエル側のエルサレムを合わせたものを称する)の樹立という形に落ち着くしかないのだろうか?


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