1班b研究会

日時:9月6日(水) 16時―18時

場所:アジア経済研究所 C23会議室

Michael W. Hudson
Professor of International Relations,
Center for Contemporary Arab Studies,
Georgetown University


“Progress and Setbacks for Political Liberalization
in the Arab World”



9月6日、アジア経済研究所にて、1‐bグループの研究会が開催された。米ジョージタウン大学のマイケル・ハドソン教授(元北米中東学会会長)より、”Progress andSetbacks for Political Liberalization in the Arab World”というテーマで1時間の発表が行なわれ、その後1時間半にわたりディスカッションが続いた。当日は夏期休暇中にもかかわらず、大学院生を含めた多数の参加者を得、中東の民主化に関わる諸問題について、熱心な議論を行なうことができたと思う。

 ハドソン教授による発表は、以下の問題提起から始まる。数十年前から「中東において民主化は可能か?」、「中東の政治文化は、世界の中で例外に属するのか?」といった問いが繰り返されてきた。近年になってようやく、中東諸国の政治的自由化を論じうる状況になった。しかし、各国で制度的変化が進んでいるにもかかわらず、民主化そのものは未だ「絵に描いた餅」といわざるを得ない現状にある。なぜ、政治的自由化だけが進み、それが民主化の進行につながることがないのか。

 中東の民主化については、レバノンの事例が「いいニュース」であり、エジプトの事例が「悪いニュース」であるといえる。レバノンは、厳しいムハーバラート・ステート(治安維持国家)であり、長い歴史的背景をもったパワー・シェアリングに制約されつつも、総選挙を実施して新しい政府を作った。これに対しエジプトでは、各種の自由化や市民社会の形成が進んだ反面、ムバーラク体制が民主化を実質的に後退させてしまった。

 現在、アラブ世界で政治的自由化が進行している国として、少なくとも以下の6カ国を挙げることができる。アルジェリアは複数政党制から軍事政権となった後、政治的改革が実施されて、選挙を通じた新体制が安定しつつある。ヨルダンでは、1989年以降の経済危機が、政治的自由化につながる一連の改革を実現させた。イエメンは、1990年の南北統一により一党体制から複数政党制に移行し、既に2回の総選挙を経験している。クウェイトは王制国家ではあるが、周知のように選挙と議会の制度を有している。ただ、女性参政権をはじめとする諸問題を抱えており、そのような問題ではイスラミストと世俗的な知的エリートが、ゼロサム・ゲームを展開するような状態に陥っている。モロッコはその政党・選挙制度において、政治的自由化や民主化が最も進んだ事例と考えられる。新しい首相は野党出身で、新しい国王も政治改革に意欲を示している。これに、自治区での自治政府議長と自治評議会の選挙を実施したパレスチナが加わろう。一方、その他のアラブ諸国は、クウェイトを除くGCC諸国が諮問評議会を有するのみであり、共和制をとる国々は、一党支配の下にムハーバラート・ステーツであり続けている。ただ、シリアに関しては、最近の政治的自由化が将来の変化につながる可能性を示しているといえよう。

 政治的自由化が民主化につながるためには、政体の構造的変化を必要とする。たとえば、イランやトルコにおける民主化の進行には、政権の構造的変化が伴われている。アラブ世界で政治的自由化が民主化につながらない理由は、政体の構造的変化が生じていないというところに求められよう。民主化とは、グローバルな意味合いを持つ言葉だが、アラブ各国の政治情勢は、民主化に関わる世界的な変化とは必ずしも即していない。アラブ諸国はヨーロッパの植民地を経験しており、民主主義に関する理解や制度的基盤も豊富であるため、民主化の進行を実現できる力は十分備えている。

しかし、その権威主義体制は未だ強力であるし、西欧近代文明のルーツとは相容れないイスラーム的社会構造や伝統的な血族社会が根強く残っている。けれども最近では、アラブ各国において政治的自由化の経験の上に、民主化をより強く求める社会的要求や政治的な変化が垣間見られるようになってきている。今後のアラブ世界は、これまでの政治的自由化が民主化に発展していく可能性を備えていると思う。

 ハドソン教授による以上の発表の後、参加者から多くの質問やコメントが出された。それらは、エジプト、レバノン、イラン、シリア、ヨルダンの各事例や、アメリカの外交政策と中東の民主化との関連、中東における個人主義や市民社会への評価、経済危機と民主化の関連などに関するものであった。ハドソン教授は、その各々について丁寧で示唆に富む意見を提示し、参加者との活発な議論を行なった。(松本弘)



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