ご挨拶



会長挨拶




 
中国社会文化学会が直面する課題については、歴代の会長挨拶に明確に語られています。わが国の中国研究の蓄積を踏まえ、過去の中国を理解することと、中国の現状から発せられる新たな問題意識とを一連のものとして捉えること、日本をはじめとする中国周辺の地域と中国との関係を視野に入れて研究を行うこと。わが国の人文学研究がおかれた厳しい状況の中、本学会の活動は常にこのような方向を目指し、着実な成果を挙げてきたと思います。しかしここ数年、人文学研究の環境は一層厳しさを増してきました。


 周知のように、国際NGO「国境なき記者団」は、2002年から毎年「報道の自由度ランキング」を発表しています。日本は、2010年鳩山内閣時代の11位を最高位とし、2013年第2次安倍政権成立後は53位に急落、その後は現在まで、180の国と地域の中で70位前後をキープしています。2023年は68位と判定され、政治的圧力などにより、「ジャーナリストは、政府に説明責任を負わせるという役割を十分に発揮できていない」という主催者の言葉が添えられました。こうして権力を監視するメディアの機能が低下する中で、2020年、日本学術会議の会員候補6名を、菅政権が任命拒否するという事態が起こりました。多くの学術団体が抗議の声を挙げたにもかかわらず、任命拒否は現在も続いています。


 心配なのはこのような言論の状況が、学術活動に対し、また別の形で影響を及ぼしているのではないかということです。中国研究ではありませんが、人文学研究に携わる同年配の友人から、次のような話を聞きました。最近の若い研究者は、学会発表の後、聴衆から質問や意見が提出されることを、自分自身に対する批判と受け止める傾向がある、そのため彼らの回答は、自分の主張を弁護することに終始し、学術的な議論に繋がらないことが多いというのです。もともと日本の社会には、議論を避ける風潮があります。学会の参加者もおおむねおとなしく、常に活発な議論が行われるとは言えませんでした。その上若い人たちが議論のし方を忘れ、他人の意見は自分を傷つけようとする厄介なもの、何とかしのいで、自分を守れればそれでよいと考えているとしたら、これはゆゆしき事態です。学会は議論のために集まるのですから「貴重なご意見・ご指摘を賜り」などという前置きは不要です。年齢・キャリア・専攻などの違い越え、すべての参加者が対等の立場で意見を表明し、互いに敬意をもって耳を傾け、自由闊達な議論へと発展していく場をぜひとも実現していただきたいと思います。これはおそらく容易なことではありませんが、言論を抑えようとする動きには、自由で実り多い議論によって抵抗するほかありません。みなさまのご活躍に期待しております。


                                                    2023年7月
                                                          戸倉  英美





                            理事長挨拶



 このたび中国社会文化学会理事長の大役を仰せつかりました鈴木将久です。歴代の理事長と比べて極めて非力な理事長です。皆さまのご助力をお願い申し上げます。以下、理事長就任にあたり、一言ご挨拶を申し上げさせていただきます。


 思い起こせば、私が本学会の前身である東大中国学会に入会しましたのは、大学院生のころでした。大会のお手伝いをさせていただいたことも記憶に残っております。当時はまさか今日のような日が来るとは思いもよりませんでした


 私が入会した当時、本学会は中国研究の新しい地平を切り開くことを標榜していました。具体的には、文史哲といった旧来の学科の枠を突破し、社会科学や地域研究を含む総合的な研究の場を作ること、「中国」を前提とすることなく、東アジアの視点から「中国」を問い直すこと、日本の学術界にとどまることなく、欧米を含む国際的な学術交流に参加することなどを目指していました。現在の視点から考えますと、こうした研究の視点は、ありきたりな「学際的研究」と感じられるかもしれません。しかし東大中国学会が成立したのは一九八五年で、私は九〇年代に入会しています。八〇年代後半から九〇年代の中国は、政治・経済・文化の状況が大きく変動し、それにともなって中国研究のあり方も変革が迫られていた時代でした。時代の変容に合わせて、研究のあり方を刷新しようとしていたと言えるでしょう。


 さて現在の私たちが直面しているのも、当時に劣らない大変動の時代だと思います。数年にわたるコロナによって学術活動は大きなダメージを受けました。中国に即した状況としては、中国国内の息づまる社会状況や米中対立のプレッシャーなどがあります。さらに国際的にはウクライナ戦争があり、また人類社会に関わる新しい事態として、Chat GPTなどAIの飛躍的発展もあります。こうした中で何ができるか、おそらくすべての研究者が模索していることでしょう。


 中国社会文化学会は、歴史のある学会ではありませんし、会員数も決して多くありません。しかし、小粒ながら志を高く持って、時代の荒波と格闘しながら、新しい学術を切り開くべく奮闘してきた知的伝統は、いまでも有効性があると感じております。あまり大きなことはできないかもしれませんが、この学会でしかできない活動があると信じております。


 
学会活動を活性化させるために、推進したいことがいくつかあります。第一に学会メンバーの多様化です。本学会は早い時期からジェンダーをテーマとしたシンポジウムを開催してきました。しかしジェンダーバランス一つをとっても、まだ不十分と言わざるをえません。また成立の事情から、東大関係者が中心を占めています。研究の地平を開くために、メンバーの多様性を高めたいと考えております。第二にポストコロナの時代に合った研究環境を構築することです。長らく途絶えていた対面での交流を復活させることがまず重要でしょう。同時にオンラインの活用も考えることができると思います。オンラインをどこまで使うかは、学会の体力に関わることで、簡単には言えません。ただ、たとえば国外の研究者など、より広い範囲のメンバーの積極的な参加を呼び込むために、可能な範囲でオンラインを活用することは、検討の余地があると思います。第三に、大きなシンポジウムだけでなく、個別の活動を活性化させることです。小さくとも、いやむしろ小さいからこそ研究の根源に届くような試みを、積極的に展開したいと考えております。


 多様な背景を持ったメンバーが、それぞれの場において新しい試みを行い、そうした試みを無理に統合するのではなく、諸活動のあいだの有機的な交流関係を結ぶことで、時代の変革に向き合う学術活動の方向性を模索できないだろうかと夢見ています。そのためには、なによりも、皆さまのお力添えが必要です。どうかご協力のほど、お願い申し上げます。


                                                  2023年7月
                                                         鈴木 将久